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2006年7月24日(月)

日本私立大学協会 教育学術新聞 第2235~2238号掲載記事

東北福祉大学の地域貢献

東北福祉大学(萩野浩基学長)は、昭和37年の社会福祉学部社会福祉学科の設置に始まり、現在では、総合福祉学部、子ども科学部、健康科学部、大学院総合福祉学研究科、通信教育部、通信制大学院を擁するに至っている。同大は、とりわけ、「これからの福祉のあり方」を世に問う実践施設を数多く運営する「東北福祉会」、「知性と感性の調和」を理念に掲げる「感性福祉研究所」、それらの成果を連結させ新たな社会的起業に取り組む「ウェルコム21」の諸活動を通じて、「行学一如」の建学の精神を実行していることで、全国的に注目を受けている。

東北福祉大学感性福祉研究所 副所長
仙台ウェルネス・コンソーシアム 代表
阿部 四郎

まえがき

1990年代半ばの科学技術基本法の制定以降、ここ10年ばかりの間に、経済における国際競争力の強化と産業の育成を目的に、産学連携を推進するための種々の法制度整備と産学連携を動力とする一連の政策メニューが施行され、地域においても、研究開発力の向上が地域活性化の原動力であるとの認識が高まり、大学の地域貢献に大きな期待が寄せられてきた。

また、福祉分野においても、社会福祉の対象とする問題領域の拡張に伴って、1970年代に「地域福祉」の概念は登場していたが、近年、1990年の社会福祉関係8法改正、さらに2000年の改正社会福祉法の制定等を通じ、「地域福祉」が法制化によって福祉政策実施体制の一つの柱に据えられ、自治体における地域福祉の計画づくりや推進活動の面でも、大学の寄与が求められている。

こうした政策動向は、一方では、90年代後半に顕著になった日本経済の変調、社会構造の変化、疾病構造の変化など、現実の危機や困難から強制され、加速された面はあるが、他方では、「知識基盤型社会」「グローバル化」「リスク社会」「少子高齢化」といった用語で捉えられている時代変化に対応するための、長期的な戦略的構造改革という側面をもっている。そして、長期的展望に基づく政策転換は政策システムにおける組み換えを伴い、科学技術政策と経済・産業政策との統合化傾向、さらにイノベーション政策と地域政策との意識的な接合が、また、社会福祉政策と医療・保健政策との統合化傾向、さらに拡張された健康福祉政策と地域政策との意識的な接合が促進され、「地域イノベーション・システム」や「地域福祉」の概念の導入によって、国の政策の「地域化」が政策システムにおける一つの基本となり、その文脈で大学の地域に対する貢献がより一層要請されているように思われる。

他方、地域の側からみると、「地域イノベーション・システム」は「ナショナルイノベーション・システム」の縮尺版、「地域福祉」は「社会福祉」の地域版というわけではなく、急速な技術・経済システムや文化・社会の諸変化とそれらに伴う不均衡・不確実性の増大する環境の下で、かつ各地域が置かれている境遇から課される制約の中で、前者はイノベーション・プロセスそれ自体を当該地域にいかに組織化するかを、後者は新たな福祉サービスを体系化し、それを包括的地域ケアシステムとしていかに作動可能とするかを課題としている。しかし、いずれについても、成功するための初期条件についての理解がすでに所与ということではなく、また、新たな政策用語の採用によって、画一的な答えが出てくるものでもない。むしろ、それらの概念の導入は、従来の理論的、実践的限界を乗り越えようとする一つの政策的挑戦の試みであり、その課題達成に向かう過程では、直接目に見える資源よりも見えにくい知識や技能、そして協働的な行動能力の基盤となる社会関係性が枢要となり、さまざまな学習過程を含む長期的な企図といえるものであろう。

したがって、大学の地域貢献に対する社会的要請にどのように応えるかは、大学の諸施設の開放や大学の有する諸資源と人材の有効活用の範囲を越えて、大学のミッションそれ自体の再考あるいはその具体化方策の組み換えといった、より根本的な問題をも含んでいる。

ここでは、「福祉」の総合大学である東北福祉大学が、それらの課題の内容と性格をどのように認識し、その達成に向けてどのように取り組んでいるかの一端をご紹介させていただくことにしたい。

Ⅰ 産学官連携事業の組織体制

「産学連携」や「大学の地域貢献」への対応のあり方は、それらの問題の性格をどのように捉えるかによって異なるように思われる。歴史的にみると、産学連携に対する社会的要請は、すぐれて今日的現象というわけではなく、大学の誕生以来、その果たすべき社会的役割に関する議論に常に随伴しており、その形式や内容は、社会的解決を要する「問題」の定義及びその解決を図る政策的・実践的手法と、知識や技術の生産・流通・応用・事業化に関する諸機能の分化と統合、その二側面における変化の交差の中で変容している。

今次の産学連携論の主意は、経済や福祉それ自体が組織化される仕方に起こっている根本的変化を背景に、政策志向の点で、適応力における量から質への重点移行、より包括的・統合的なものへの視野の拡張、より長期的な学習能力の向上への射程の伸張を特性としている。また、環境変化に対する適応能力の絶えざる更新が求められる時代状況においては、従来の基礎と応用や開発、あるいは理論と実践という区分が再考され、それらは融合してくる。その結果、知識の生産と知識の活用の相互作用モデルの下で、大学が以前にも況して、産業や福祉のイノベーションにおける基盤的インフラの中枢的構成要素として位置づけられてくる。

そうした時代の要請に対する本大学の対応は、個人段階を超える組織レベルで、開かれた大学という規範と大学固有の規範を分離しながら、キャンパス内にあって大学と緊密なつながりを持つ一方、組織上は大学本体から独立に運営される単位を設立し、研究者や学生が二つの文化にまたがって、公共的な問題解決の現場世界に取り組むことができる機構を組み立てることに向けられてきた。

その機構は、現時点で、概念略図に示した形をとっているが、その組み立てにあっては、当初から明確な全体設計図があったということでは必ずしもなく、その都度のアイディアが漸次合成される過程を経てきた。その第一歩は地域の社会福祉事業に関連し、社会福祉法人・東北福祉会(1995)の設立及びデイサービス施設・せんだんの杜(1996)の開設に始まり、次いで感性福祉研究所(1998)の設立、さらに株式会社福祉工房(2000)を核とする予防福祉健康増進センター(ウェルコム21)(2004)の設立に至っている。

福祉サービスの開発に関わる組織連携

しかし、真の挑戦は、そうした施設や組織の設立それ自体ではなく、大学本体の基盤の上に組み立てた、それら三つのグループ内部及び相互間の協働による、イノベーションの自己強化型循環のシステムをいかに形成するかにある。学の知を現場的な実践のノウハウの組織化にいかに接合するか、現場のリアル・ニーズから新たな学問のシーズをいかに汲み上げるかだけでなく、技術や産業、健康福祉サービスのいずれの領域においても、双方向性をもつイノベーション過程にとっては解答の不足よりも問いの欠如が停滞の原因につながるからである。

また、新たな企図や機構の立ち上げは、大学全体の組織の性格をいかなるタームで捉えたらよいかの問いを常に内包することになる。「生存競争」と「社会貢献」という二重の挑戦が課せられる時代に、大学が時代変化の波に水没せず前に進み続けるためには、それらの挑戦を脅威としてではなく、大きな機会として捉える「起業家精神」を必要とするといわれる。生存のための技能は、イノベーション能力、つまり、新たな思考法や新たな実行法の創出と試行に大きく依存するからであろう。

しかし、時代的要請に対する適応力を高めるための企図や新たな機能の付加と、組織全体の構造改変や組織イメージの再組み立てとをいかに統合するかは必ずしも容易ではない。個別の事業は、それぞれの目的と運営方法を明確化すること、すなわち世界を見る仕方を特定することによって、目に見える結果を出す必要を背負っている。他方、組織全体にとって、新事業の付加、つまり「外部性」の内部化は、ミッションの再定義と目的・手段の連鎖の組み換えに導く。さらに、それに伴って、個別事業は改めて自らの位置づけの再確認と目的の再解釈を免れない。そうした不断の自己組織化の過程の中で、持続的な協働のメカニズムをいかに創り出すかが恒常的な課題となるが、その課題の突破に予めの解答はなく、また今日的条件下における適応は明日の挑戦に対する適応性を保証はしないことから、変革と定着は継続的過程となる。

Ⅱ 福祉施設の開設

福祉系の大学は社会福祉事業に携わる職業人の養成を主要なミッションとしてきたが、社会福祉の政策課題と福祉サービスの供給システムにおける変化によって、社会福祉教育や人材養成の課題内容に転換が起こってきた。

1970年代後半から80年代には、福祉サービスの拡張とサービス供給主体の拡大によって、国及び行政の主導による公的扶助を特徴とした戦後の社会福祉が変質してくるに伴い、福祉人材の確保や専門職化が求められた。90年代に入ると、社会福祉の対象の普遍化・一般化、社会福祉事業の範囲の見直しと拡充、その実施における市町村への権限の委譲等を趣旨とする、福祉関係八法改正と同時に、地域における自立生活への支援を目標に掲げるゴールドプラン、エンゼルプラン、ノーマライゼーション・プラン等の施行に伴って、社会福祉実践の内容と人材養成のあり方が論議の的となってきた。さらに、2000年の介護保険制度の実施や社会福祉法の改正による、地域福祉型社会福祉の推進や多元的福祉体制の構築という政策課題に対応して、社会福祉人材の新たな職務と社会福祉教育の新たなあり方が要請されてくる。

こうした一連の政策転換や制度改正に平行して、人材養成と実践現場の間のより一層緊密な連携と、現場的実践論と制度・政策論を接合させる新たな社会福祉研究の開拓が求められている。したがって、「大学の地域貢献」は大学の従来ミッションに対する付加部分ではなく、福祉教育においても福祉研究においても「地域」という概念が中心部分をなしてきているといってもよいのである。

東北福祉大学は、1995年に社会福祉法人「東北福祉会」を設立し、翌年に最初の施設「せんだんの杜」を開設して以降、漸次大学関連の諸施設を立ち上げてきた。

大学関連福祉施設

本大学が社会福祉法人の設立を意図したのは、90年代に入って、福祉施設の性格に関し、従来の救貧型から専門援助型へ、また収容型から地域開放型への転換が明確となり、法制度上の規制緩和によって、法人に委託される社会福祉サービスの決定業務が拡大したこと、それらに伴って、社会福祉人材の育成問題がより本格したことを背景としている。ここでは、介護老人福祉施設と介護老人保健施設から1つずつ事例を取り上げてゆきたい。

<せんだんの杜>

本大学と自治体との間で法人設立の協議を開始したのは1992年であったが、その当時は、行政の側に教育研究機関である大学が社会福祉法人を設立するということに対する理解は殆どなく、「実習の場を確保したいだけではないか」というのが一般的な受けとめ方であり、いわば時代に先駆けての企図であったため、その協議は難航し、法人設立まで3年を要したのである。そのため、法人設立の意図をより明確にするため、設立誓書には、「その時代、その時代で社会、地域、住民の方々が必要とし、望む新しい福祉サービスの創出・創造」「その成果を社会化して全国に発信すること」「その時代、社会、人々が望む福祉教育の新しいシステムを作ること」を明示的に目的に設定している。

この法人が最初に開設した特別養護老人施設「せんだんの杜」は、事業の開始にあたって、「利用者本位の原則」「まちのサービスセンター」「介護付き住宅群」の三つを旗印に掲げた。日本の老人福祉施設は、理念の上では、従来の「保護・収容の場」から「生活の場」への転換を図りつつあったが、その理念の転換を施設における処遇に具体化するには新たな自主サービスの試行を通じて以外になかったからである。そのため、認知症の利用者を対象とする「ユニットケア」(少人数生活空間)の立ち上げ、ユニットケアを地域の中に取り込む「逆デイケア」の開始、施設ケアを地域密着型にするため、近隣の3小学校区内に9ヶ所のサテライトを置き、在宅ケアの充実を図る「地域密着小規模多機能・分散型ケア」の事業を行ったが、これらの先行的な試行は後に国の施策に取り上げられている。

さらに、地域の町内会、老人クラブ、近隣住民の有志と施設職員からなる「中山地域探検隊」を編成し、地域ニーズの調査を行い、地域の介護力向上、福祉人材育成を目的とした地域住民対象の「ホームヘルパー養成講座」や、地域福祉の推進と啓発のための「住民福祉講座」、子供から高齢者に至る地域住民を対象とする「総合相談センター」の開設などの自主事業を行っている。こうした一連の試行は、施設福祉と在宅福祉の接合を通じて、包括的地域ケアシステムのモデルを模索する試みであると同時に、それらの活動への参加によって職員の能力向上や意識変革がみられ、それがひるがえって福祉人材の養成プログラムのバージョンアップに連なるのである。

<せんだんの丘>

もう一つの事例は、介護老人保健施設として開設した「せんだんの丘」の場合である。

老人保健施設は、法制度上は、医師の管理の下、介護・看護・リハビリ・スタッフにより日常生活に必要な心身機能の向上に向けた支援を行い、自宅への復帰を目指す中間施設としての役割を担っている。しかし、現状は、「特養の待機」施設的な状況にあって、改善の必要が種々指摘されていた。

「せんだんの丘」は、利用者主体の原則に基づき、「自宅復帰」を中心に据えたケアサービスの提供、全職種間のチームケアによるサービスの提供を基本理念に掲げたが、「利用者本位」「個別性」「その人らしく」といった質の高いケアと、法定の人員配置基準から課される業務の効率という、しばしば矛盾する要請に応える施設運営のモデルをいかにして作るかが第一の課題となった。

その課題に立ち向うには明確な具体的方法論を必要とするが、後になって施設運営のモデルとして全国的に注目される方策、ユニットケアとチームアプローチのセットを採用した。前者は、具体的ケア環境として、認知症、在宅復帰支援、医療管理、重度機能障害の各ユニットに、機能別・目的別に生活環境を分けたことである。後者は、単一のユニットに職員を固定配置し、介護・看護・リハビリ等の全ての職種が基本的に全く同じ業務を行うことを基本として、一つのチームとしてのケア能力の向上と効率化を図る業務体制を設定したことである。

この業務体制によって、職域を越えた生活全般への関わりが安全・安心の生活環境を作り出し、職員相互に対しては本当に必要な専門性の明確化となり、利用者にとっては結果的にひとり一人を尊重するケアが作り出されることになった。さらに、施設内ケアにそうした効果が生み出されたことによって、施設外にリーチを伸ばす、通所リハビリテーションや福祉用具貸与、訪問介護、居宅介護等の事業拡大が可能になっている。

せんだんの丘「どうみょう」の催し

「せんだんの丘」の試みは、この種の施設にとっては、まず、目前の入浴、食事、排泄の三大処遇に対して、少人数、高品質、高効率のケアを確実に提供できるシステムと、現場実践への全員参加によって、職員全員の質を高く維持する人材育成のシステムの構築があってこそ、地域生活支援型サービスの提供が可能となることを示している。

社会福祉の質的変化は政策の転換や法制度の改革によって自動的に達成されるものではない。サービス提供のあり方、新たなサービスの開発のいずれにおいても、福祉におけるイノベーションは、むしろ現場における問題解決への取り組みの中で生まれる。

上にとり上げた諸施設は、自らを制度が予定している機能を単に実行する場として以上に、ケアとは何かという問いに向き合い、経営的基盤の確立に加えて、サービス提供の方法と内容の開発に継続的に取り組むことによって、利用者や家族、地域住民からの高い評価を得ることができ、また日常業務の中に実習指導が組み込まれ、問題の解決策の発見に職員と学生が共に関わることが、相互作用と相互学習のダイナミックスを生み、職員の資質の向上と学生の職業意識の明確化に資している。

したがって、福祉系の本大学が福祉施設をもつことは、社会福祉をめぐる制度論や政策論と実践の技術論や経営論を接合することによって、新たな研究分野を開拓し、福祉のイノベーションを図るためであるといってよいであろう。

Ⅲ 感性福祉研究所の設立

<研究所の目的>

東北福祉大学は、1998年に感性福祉研究所を設立した。その目的とするところは、一言で言えば、21世紀型福祉のあり方の探求である。

過去30年ばかりの間、一方では、福祉の概念内容が生涯の各段階における「生きること」の質を表す言葉と同義になるほど拡張し、他方ではそれを支える物的、人的、社会的条件の制約が増大するというジレンマに対処するために、福祉的義務の再分配による諸々の制度改革が試みられているが、今日の福祉をめぐる問題状況はその範囲を遙かに超えているように思われる。

福祉という概念は、人間の幸福とその反面である「生きる」上での諸障害に対する対応という視点から見た人間存在及び人間社会のあり方に関わるカテゴリー概念であり、そこに包含されている諸価値、それらを実現するための資源や諸制度、人びとが生きる生活空間の実相は常に大きな変動を免れない。そして、時代を劃するような大きな歴史的変化の挑戦を受けて、人間が持っている所与性とか課題性について新たな光が当てられてくると、新しい考え方とか新しい生き方を模索することが最大の課題になってくる。

本大学が「感性福祉」という名を冠した研究所を設立したのは、そうした時代変化が課す知的及び実践的挑戦に対する一つの応答である。その設立趣意に、「20世紀は知性優位の百年間でした。物質文明と科学技術の驚異的発展は人びとの生活を豊かにしました。しかし、物質的豊かさと引き替えに、人びとの生きる喜びは減衰の一途をたどりました。そして今、知性と感性の調和がなければ、文明が人びとに生きる喜びをもたらすことは至難であるとの認識に至りました。まさに、21世紀の課題は『知性と感性の調和』です。このような視点から生まれる福祉の新しい理論と実践の創出こそ感性福祉の目指すところです」と記している。

我々が時代変化に向き合う時、「何が起こりうるか」という未来の予見能力と「何を起こしうるか」という未来の形成能力の両者を必要とするが、これまではあまりに前者に偏重しすぎたため、一種のパラドックスに陥っているようにみえる。不確実性の削減やリスク回避のために予測に頼るが、それは同時に可能性や能動的な挑戦の縮減につながりかねないからである。この研究所の設立は、不確実性やリスクに抗する行動資源、すなわち、これまで閑却されてきた人間の潜在的能力である感性力の発現に焦点を当て、未来形成型の福祉学の構築を目指そうとの呼びかけである。

<研究所の組織>

研究所の組織編成については、三つの特徴をもっている。その第一は、研究所には、運営管理を担う事務局を除いて、専従の研究員はおらず、研究者はそれぞれの大学や研究機関、施設に本籍を持ちながら、研究プロジェクトへの参加という形を取っていることである。

第二には、研究所は、設立以来、文部科学省の「学術フロンティア推進事業」(第1期1998-2003、第2期2004-2009)に選定されているが、この事業は専ら研究者のイニシアティブに基づく「科学研究費補助金」と異なり、趣旨において、特定研究領域における内外の研究機関との共同研究を推進することによって中核的研究拠点を形成することにあり、また、当該大学が研究費の半分を負担することから、研究プロジェクトの立ち上げや推進において、大学が強いイニシアティブやコミットメントを有している点である。

第三に、研究活動は研究所内で自己完結的と言うことではなく、研究所はネットワークにおけるノード的役割を果たしている点である。例えば、研究チームのメンバーには、本学以外の研究機関から多くの研究者(第1期は137名中94名、第2期は、173名中79名が本学以外からの参加)が加わっている。さらに、研究所のミッションを広めるため、本学の提起によって、2001年に日本感性福祉学会を設立し(2006年現在、会員数548名)、また外国の諸大学との共同研究も進めている。

この研究所は、プロジェクト基盤型の組織形態を採用したことによって、専従型研究組織が陥りがちな硬直性を免れ、研究推進上の必要に応じて、研究組織の拡大や組み替えが可能となる柔軟性を持つことが出来ている。

<研究課題とチーム編制>

第1期における研究活動は、「生命科学を基礎とする感性と環境の相互作用に関する学際的研究」の研究課題のもとに行われた。現代における諸々の病理的現象の背後に「感性」の衰弱があるとの認識に立ち、環境との相互作用の中で「感性の覚醒」を目指すことこそが個々人の幸福の追求に不可欠であるという理念のもと、基礎的研究として五感を介する刺激への脳の応答を見る脳機能研究、ストレス指標や感性影響物質に関する生化学的研究、感性や生命力に及ぼす地域特性、居住環境、食環境、音環境に関する調査研究、さらに臨床美術、アロマテラピー、園芸、乗馬療法などの効果とそのメカニズムに関する研究など、広範な分野に亘って研究が実施された。

2004年から始まる第2期には、「五感を介する刺激測定に基づく健康向上のための人間環境システムの構築」を研究課題に設定し、第1期の研究成果を踏まえて、「健康」を焦点に据えた実践的な応用研究を中心に行っており、心身の健康を維持・増進するための「科学的指標」作りと「測定法」を確立すること、多様な処方を開発し健康・福祉サービスへ具体化すること、健康・福祉サービスからなる「総合的福祉環境」を作動可能とする社会的・制度的条件を明確にすることをプロジェクトの三本柱に揚げている。

研究チームの編制は、研究の課題が基礎的研究から応用・開発研究に重点を移行したことに対応して、リニアーモデルから相互作用モデルへと組み換えられている。すなわち、第1期は、専門領域別の問題解決を図る部門別編制(生命科学、環境、心理、福祉、感性情報、学術情報の各部門)になっていた。第2期は、応用の文脈における課題解決のためのトランス・ディスシプリナリーな編制(健康スケールの開発とその健康・福祉サービスへの応用研究、新たな健康・福祉サービス及びそのシステム化の社会的・制度的諸条件に関する研究、健康・福祉サービスの品質向上とプラクティスの日常化を促進するための機器開発の三部門)になっている。さらに、研究の成熟あるいは研究推進上の必要から、国際的比較の視点に立つ共同研究への展開も進めることにしている。

<知的・実践的挑戦>

現在進行中の「学術フロンティア推進事業」は、「21世紀型福祉」のあり方の探求にとって、健康福祉に関わる基本概念――福祉・健康・ニーズ・ケア・サービス等――にどのような改鋳が必要となるか、そして、新たに再定義される諸概念はどのような方策を通じて社会的実践に具体化されるかといった問題意識の下に進められている。

第1回感性福祉研究所ワークショップ

そのため、この研究プロジェクトのキーワードである「健康」に関して、医療・保健・福祉の統合という今後の政策課題を視野に入れ、健康=病気ではないこととする従来の生物医学的概念を超える、よりホーリスティックな、かつ、リスク管理的な「守り」に積極的な自己再設計を図る「攻め」(元気)の姿勢を加える視点からの再定義を行い、それに基づく自己点検スケール、処方、サービスの開発に取り組んでいる。

こうした試みは、医療・福祉分野におけるイノベーションを意図しているが、それを達成するためには、イノベーションの方法におけるイノベーションが必須であり、現場や地域が実験室となって、研究者・実践家・地域住民が協働作業に加わるだけでなく、研究者が個々の専門領域における自己の研究実践の性格や位置づけを直視することを通じて結び合う学々連携が前提になる。

戦略的研究領域の設定は、既成の専門分化したディスシプリンの部分知の組み合わせではなく、既成のデイスシプリンを越え、一つのプロジェクト(企図)として、新たな部分集合の組み立てを課題としている。しかし、既成の学問上の区分を超越することの難しさ、特に隣接分野間においてより難しいという逆説がみられるのは、既成の概念枠組みの改鋳を迫られるからである。したがって、ここで云う知的挑戦は、いわば安楽椅子を一旦捨て去ってみるという思考実験、学がそれぞれの学問の方法に自己省察を加えるという試練を自らに課す作業ともいえる。

Ⅳ 仙台ウェルネス・コンソーシアム

大学本体に基盤をおきながら、実践技能の育成と住民ニーズの発掘を通して新たなサービス開拓に取り組む諸施設と、新たな理論や技術の創造を追求する研究所の諸成果を連結させ、新たな社会的事業の創出につなげる試みとして、本大学のリエゾンオフィスが設置されている複合施設「ウェルコム21」を舞台に展開している「仙台ウェルネス・コンソーシアム」の事例をとり上げたい。

ウェルコム21(2004年開設)の構成

株式会社福祉工房、産学官連携事業開発室、予防福祉健康増進センター、予防福祉クリニック、仙台元気塾、スカイフード(空風土)、大学院関連事務局、演習室、院生研究室

この事業は、2003年11月初め、仙台市と連携を取りつつ、本大学が作業グループを立ち上げ、関連企業の株式会社福祉工房(2000年に設立)を窓口として、経済産業省の平成15年度「健康支援システム(EBH)に関するモデル地域調査研究」の公募に対し、「新しい健康づくりプラットフォームの構築のための仙台ウェルネス・コンソーシアム」の提案をしたことに始まる。その提案は、我が国の医療サービスについて、早期発見・治療重視から健康増進・疾病予防への質的転換が求められているが、その課題に取り組むためには、健康概念そのものの転換を必要とするのではないかとの認識に立ち、新たな健康概念の練り上げによって、個々人が積極的に自らの健康をマネージすることを可能とする健康増進プログラムを開発し、そのプログラムと支援サービスメニューを一体的に提供できるシステムの設計を図るとする内容であった。

11月中旬からの一ヶ月間に、本省担当課長の来仙ヒアリング、本件の採択通知、実施計画書の提出、本省ヒアリング、再度の実施計画書の提出といった駆け足の作業と、大学・行政機関・諸企業・諸団体への参加要請の呼びかけを経て、12月25日に「仙台ウェルネス・コンソーシアム(SWC)」が発足した。

SWCは、その設立総会において、事業計画策定委員会――その下に「健康スケール」「サービス」「情報」の三部会を置く――を設け、直ちに、新健康概念に基づく健康サービス支援システムの設計に取りかかった。その作業では、システムの機能条件に関し、新健康概念の練り上げとそれに基づくデータの指標化、個々人に関する最適健康生活マネージング・プログラムのモデル化、個別性と選択制に対応できるサービスメニューの開発、サービス提供組織のシステム化、そしてシステム実稼働の条件整備に関し、諸機能の実施主体の確定、実施主体間の連携関係の設定、システムの稼働と品質管理のための運営組織など、検討や調整の項目は多岐にわたったが、実質二ヶ月という短期日のうちに、事業モデル案――調査報告書全139ページ――を作成した。

これが可能になったのは、各団体から参加した委員達が、手弁当にも拘わらず、このプロジェクトの趣旨――時代の趨勢への実利主義的参加ではなく、哲学・目的・技術に関して明確なコンセプトをもつ、パイロット的事業を創出しようという――に大いに共鳴し、意欲的に作業に取り組んだからである。

コンソーシアム組織

事業実施に関わる
団体・企業
(株)東北ポーラ販売、(株)芸術造形研究所、
(株)福祉工房、東北電力(株)、(社福)東北福祉会、
(医社)東北福祉会、(財)人間科学研究所、東北福祉大学、
東北福祉大学感性福祉研究所、
高齢者痴呆介護研究・研修仙台センター、東北大学、
(株)NTTドコモ東北、NTT東日本(株)宮城支店、
東北インフォメーションシステムズ(株)-東日本認証センター、
仙台市医師会、仙台市歯科医師会、(財)仙台産業振興事業団、
(有)FWBC
事業実施に関わる
自治体名
宮城県、仙台市経済局(フィンランドプロジェクト推進室)、
仙台市健康福祉局、仙台市市民局
連携・協力団体企業の
名称
仙台市教育委員会、仙台市社会福祉協議会、
NPO法人仙台シニアネット青葉区体育協会、青葉区連合町内会、
(社)仙台市老人クラブ、東北IT産業推進機構、
東北総合通信局(総務省)、(株)インテリジェントコスモス研究機構、
高齢化社会対応産業クラスター協議会、宮城県産業技術総合センター、
NTT‐ME東北(株)、(株)仙台ソフトウエアセンター、ライズ(株)、
(株)エム・ティ・フード、(株)ユアテック、(株)ナルコーポレーション、
(株)ハーバー研究所、NPO法人メディカルバンク、
NPO法人日本ハ-バルアロマセラピスト協会、
(株)スズケン、キャノントレーディング(株)〈ポラール社〉

SWCは、この事業案をもって、4月に、平成16年度「健康サービス産業創出支援事業」の公募に応募し、6月に本件の採択通知を受け、実践段階に入る。この段階で、「フィンランド型予防福祉・健康増進プログラム」と銘打った副題を付したが、それは、各人が均しく自己実現の機会を確保し、だれもが安心して暮らせる環境の確保を目標に、健康・医療サービスと社会福祉サービスの一体的運用のシステム作りを図ってきた、かの国の経験に学び、各人が消極姿勢から積極姿勢へと健康観の意識変革を図り、健康増進プログラムの実践がキャリア・アップとも連なって社会参加の機会を開き、それが健康増進を更に促進するという、正の循環を組み込む健康サービス事業の開発と展開を眼目としたからである。

事業の実施にあたっては、個々人の健康増進のためには地域コミュニティの活性化が必須であるとの認識に基づき、「ウェルコム21」を拠点に、地域の各種住民組織と連携をとりながら、8月に1,000名もの人びとが集まったオープニングフェスタ「元気祭り」を開催し、10月に、志を分かち合う仲間の集まる会員制の「仙台元気塾」を開設して、サービスの提供を開始した。

仙台ウェルネス・コンソーシアム「仙台元気塾夏祭り」

「元気塾」における事業内容は、日常の生活行動を自己点検する「SWC元気点検票」と健康相談、元気・健康セミナー、メディカルフィットネス、クリニカルアート、カウンセリングエステのサービス提供、それらに対応する人材指導育成のための養成講座である。これらの事業は感性福祉研究所における研究成果のサービス化といって良いものであり、健康増進処方と支援サービスシステムが、新たな学問的知見と実践結果のフィードバックを通じて、絶えず革新・進化するという、連携のメカニズムを内蔵している。

SWCは、過去2年間、自立支援型健康サービス提供システムのモデルを構築するため、SWC元気点検票を軸としたサービスを提供するワンストップサービス・サテライトのプロトタイプ「仙台元気塾」とその情報プラットフォームを組み立ててきた。現時点は、それをコア(共通統合基盤)とし、SWC元気点検票の汎用化、情報プラットフォームの機能向上、アドバイザー・システムの確立を図り、同時に「元気塾」モデルの普及を図る地域健康支援ネットワークの形成に取り組んでいる。

自立支援型健康サービス事業の展開には、ユーザー側における健康への攻めのモチベーションと提供側におけるサービスの信頼性確保と品質管理がカギとなるが、啓発・健康増進プラクティス・学び・社会参画を一体的に支援するシステムが「元気塾」モデルである。「仙台元気塾」の参加者達から、月刊の『仙台元気塾かわらばん』に体験談が交々語られており、ヘルス・リテラシーの向上とテイラー・メイドな健康増進処方をセットとするサービス提供が大変な好評を得たが、こうしたモデルの設計と構築は、大学関連諸施設・感性福祉研究所・「ウェルコム21」の三者の有機的連携が基盤となったことによって生み出されたといえるであろう。

おわりに

「大学の地域貢献」は、ある特定の空間域を作業単位として設定し、そこへのコミットメントを前提にする。本大学が仙台北西部の丘陵地、国見ヶ丘キャンパスに三つの組織グループを集積して開設したのは、その地を挑戦の試行空間として、未来型福祉村の建設を思い描いたからである。しかし、「大学の地域貢献」は、当該地域の問題解決のみならず、それを越える時代の課題解決の基礎をその地域へのコミットメントに託すという側面ももっている。

とりわけ、現代の「世界化」の一層の進行下においては、地域・国・世界の空間システムの組み換えとそれぞれにおける構造変革や新たな役割設定が要請されるなかで、大学も三つのレベルへの対応を含むアイデンティティの再構築を求められる。ここに紹介させていただいた試みは、本大学が、三レベルが相互に連関する現代の時代変化から、なにを課題として読み取り、「行学一如」の建学の精神をいかに具現化したらよいのか、そのアイデンティティの自己更新への取り組みの一環ともいえるものである。

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