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芹沢銈介作品「富士と雲文のれん」


木綿地型絵染 1967年頃 137.0×77.6cm

 2014年の東北福祉大学カレンダーに選ばれた芹沢銈介作品のモチーフは、ユネスコの世界遺産に文化遺産として今年登録された富士山です。

 芹沢は富士山を正面に据えたのれんを4種制作していますが、今回取り上げた作品は、いわゆる「赤富士」とよぶ、雪をいただいた霊峰が早朝の朝日に包まれて山肌を代赫色(たいしゃいろ・赤褐色)に染めた姿です。山肌の代赫色は葛飾北斎の代表作「凱風快晴」や「山下白雨」の赤富士と同じ色です。濃紺地に、雪と雲と松の白、そして代赫色の3色を使って、富士山を天空の広がりの中に高々とそびえたたせています。赤富士の輪郭をくっきりと白く縁どって、降り積もった雪をイメージさせるなど芹沢ならではの心憎い表現です。たなびく白雲は雷雲を思わせる様式化したかたちです。

 藍色に染め分けた山裾には富士山から45㎞も離れているという三保の松原を描きます。日本人は富士山と三保の松原の取り合わせを好んだようです。狩野山雪、探幽、尾形光琳、円山応挙、池大雅、司馬江漢、下村観山などが画題に取り上げ、浮世絵師の歌川広重は「富士三十六景」に、歌川豊国も「三保落雁」に富士と三保の松原を描きました。司馬江漢は長崎に行く途中に東海道を旅し、薩(陀)峠(清水市興津)から富士山を遠望して三保の松原と富士の姿を油絵で描いたそうです。芹沢銈介が描いたのはどこから眺めた風景なのでしょう。

 富士山の大きさ、姿の美しさと崇高な印象は日本人の心に刻まれ、いつの時代の芸術家も魅了され続けました。静岡市生まれの芹沢にとっても、ふるさとの霊峰・富士山は暮らしに息づいていた格別の山でした。

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