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芹沢銈介作品 「パリのレストラン"じゅん"のためのデザイン」1972年


「案内図デザイン」 33.0×23.5(㎝)


「マッチ コースターのデザイン」33.0×23.5


「挨拶状のデザイン」 33.0×23.5


「完成した挨拶状」(印刷) 21.5×16.7

 1972年4月18日、パリに日本料理レストラン“じゅん”が開店しました。芹沢銈介は、その店内装飾と店名ロゴ、のれん、うちわ、マッチボックス、コースター、箸袋、お品書、包装紙、招待状、招待券、封筒、案内図のデザインを手がけました。当館はその下絵、型染による試作や完成品資料35点を収蔵しています。

 『芹沢銈介全集第22巻』月報22(1982年 中央公論社)は、「じゅんの開店と心臓発作」と題して、芹沢銈介、たよ夫人、四本貴資、とし夫妻の4人の対談を載せていますが、その3頁目にはパリのレストラン“じゅん”の入口の写真が紹介されました。

 銀座の高級クラブ「ジュン」の経営者として政財界にまで名をはせた塚本純子は、パリ・シャンゼリゼの日本航空の隣りに純和食のレストランを開店。銈介の案内図下絵にはその住所が記され、「13 RUE LINCOLN PARIS 8e FRANCE TEL225-40-27」とあります。店の設計はレストラン「ざくろ」「八雲」を手掛けた建築家宮地米三で、入口には炉が切られ、趣深い民芸風の建物でした。開店当日はサルバドール・ダリ、デザイナーのピエール・カルダン、クリスチャン・ディオールも出席するという華々しさだったと対談は記しています。しかし、“じゅん”はオーナーが健康を損ね、残念ながら開店から20年後の1992年には閉店したとのこと。

 銈介はパリの個展の打ち合わせと“じゅん”の店内装飾の仕事で4月13日にパリに到着しましたが、珍しく“じゅん”店内の陳列も弟子の四本貴資にまかせ、4月18日のオープニングにも出席しませんでした。この時から体調が良くなかったのでしょうか、その後フランス中部の中世の町に出かける計画を立てていたのですが、出発する21日朝になって倒れて救急車でパリのアメリカン・ホスピタルに運ばれ、入院直後には心筋梗塞の発作を起こして一時は危険な状態だったそうです。幸い40数日間の入院加療で元気になりようやく日本に帰国したのです。

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