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芹沢銈介作品 「童児文のれん試作染」「壺屋文のれん試作染」


「童児文のれん試作染」
指示書「鳥取木綿2巾 朝木綿3巾 52.3.1
帯 渋木地 藍棒 藍取 伏のこし」


「壺屋文のれん試作染」
指示書「朝木綿 3巾 52.3.1」

「童児文のれん試作染」
紙 合羽刷手彩 1977年3月1日 78.5×55.5cm

「壺屋文のれん試作染」
紙 合羽刷手彩 1977年3月11日 78.8×60.6cm

 芹沢銈介は様々な素材を選んで型絵染を行いました。木綿、麻、科(しな、マダ)、芭蕉、絹さらに和紙を染める染紙の仕事にも及びました。「いい布地が手にはいったりすると、これにはこんな型をつけてみたいとかいふ具合に逆に模様が布地から生れてくることが往々ありますよ」※と語っているように、芹沢作品が醸し出す模様と素材の一体感は、美しい素材への深い尊敬があったから生まれたものなのでしょう。当館所蔵の「のれん試作染」には、鳥取木綿、朝鮮木綿、マダなどの布地指定や染法の指示書をしたものが残っています。「童児文のれん試作染」には鳥取木綿と朝鮮木綿、「壺屋文のれん試作染」にも朝鮮木綿の指示があります。

 先日6月12日、京都・祇園花見小路にある十二段家で「柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司が訪れた韓国を辿る」と題する、藤本 巧氏の講演会がありました。「今日があるのは、芹沢銈介先生に韓国での写真を見せて褒めていただいたから」と語る写真家の話でしたから、楽しみにして出かけました。柳、河井、濱田は1936年5月9日~25日まで、朝鮮民芸品調査のために釜山から北へと旅行しました。その時の写真や報告文は、『工藝』69号(1936年12月)に掲載されました。藤本氏は1970年8月28日~9月7日に、父・藤本 均とともに34年前の柳達と同じ工程を旅し、写真に収めたのです。8月30日には木綿の里の栄州を、31日には麻の里・安東を訪ね、芹沢銈介と絞染めの片野元彦のためにと木綿と麻布を買い求め、蒲田の芹沢のもとに届けたそうです。おそらく1970年9月以降の芹沢作品には、この時の朝鮮木綿や麻も使われたのでしょう。「童児文のれん」、「壺屋文のれん」の型紙は1970年ごろに作られましたが、今回取り上げた作品の指示書きは1977年3月とあり、同じ型紙でのれんを再制作したことを示しています。

 藤本 巧氏の著書『風韻 日本人として』(2005年 フィルムアート社)には、芹沢銈介の2枚の写真が載っています。東京・蒲田の自宅の庭と、応接間の銈介とたよ夫人です。写真の前ページに、著者は「20歳になった頃、自分が撮った写真を芹沢銈介先生に見ていただくことが、私の生き甲斐だった。…ただ美しいだけではなく、真の美しさを写すことを学んだ」と記しています。

*「芹沢銈介氏について」(座談会) 『月刊民藝』第2巻第1号 1940

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