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[心理学実験] 実験と心理学の深〜い関係
福祉心理学科
大関 信隆
本学通信教育部で心理学を学ぶ際に必ず経験する授業のひとつに「心理学実験」があります。「実験」などと言うと,何やら理系の人たちがやるような印象を持ち,およそ心理学とは無縁の授業のように思われた方も多いのではないでしょうか。心理学はもっと深遠な,形や数字では表せない,人の心の奥底を知る学問のような気がしたのに……と。
このような疑問を持たれた方のために,今回は紙面をお借りして,なぜ心理学で「実験」の授業があるのか,「実験」の授業から何を学べばよいのか,についてお話ししたいと思います。「実験」って,実は心理学ととても深〜い関係にあるんですよ。
◆心理学の目的とその接近法
心理学の学問的な目標を大雑把に説明するとしたら,それは「多様な人間の行動を心理的側面(心理的要因)から説明すること」と言えます。ある人間の行動が生起する裏側には,どのような心理的要因が存在し,どのような影響を及ぼしているのか,についての一般的法則・モデルを検討することです。
人間の行動に影響を及ぼす心理的要因を探求していくには,いくつかのアプローチがあります。例えば,対象の行動や心理的内界をつぶさに観察していく方法(観察法)や,アンケートのような“質問紙”を使って大勢の人の意見や考え方を探る方法(調査法)などです。そして,「実験」という方法もそのひとつです。
◆実験って何?
一般的に「実験」という語が意味するものは「厳密な統制条件下で,特定の要因操作が対象の変化に影響を与えたかを検討すること」です。これを心理学の場合に置き換えて表現するのなら,「ある心理的要因が人の行動にどのような影響を与えるか検討したい時(研究の動機),その要因以外の要因を極力排除した状況を作り出して(厳密な統制条件下),影響の源と考えられる要因を加えたり,取り除いたりするなかで(要因操作),要因が実際に人の行動に影響を及ぼしたかを検討すること(データの分析と考察)」と言えるでしょう。
◆実験法の利点
先にご紹介した3つの方法,すなわち「観察法」「調査法」「実験法」は,いずれも人間の行動に影響を及ぼす心理的要因を検討するために用いられますが,なかでも実験法は,心理的要因とそれが影響を与える人間の行動との関係を最も明確に描き出すことのできる手法といえます。
確かに,実験法は「厳密な統制条件」を必要とするので,観察法ほど日常的な状況下での自然な人間の行動を捉えているとはいえません。また,同時に実験ができる人数に限度があるので,数百人単位で意見を聞ける調査法ほどには多くの人から情報を得ることができるわけでもありません。ですが,人間の行動は非常に複雑であり,それに影響を与える心理的要因も多岐にわたります。日常的な行動場面では,いったいその行動に最も影響を与えている要因が何なのか,見えにくくなってしまいます。また,多くの人から意見を聞いても,その意見が実際の行動や意見をそのまま反映しているという保証は,必ずしもありません。
そんなとき,「限定された状況下ではあるが,この心理的要因を操作すると,確かに人間の行動が変化する」という,「心理的要因と行動との関係性」を明確に打ち出せる実験法は,非常に強力な「人間の行動を探求していくための手段」となります。
◆「実験」の授業がある意義
先ほども書きましたが,人間の行動は非常に複雑なので,前述した3つの方法のいずれを採っても,人間の行動メカニズムを一時に,完全な形で捉えることは難しいものです。大切なのは,自分が知りたい人間の行動に関するメカニズムが,どのような方法を採ればより明確に描き出せるのか,を考えることです。このような,「研究対象に近付くための方法:研究の方法論」のひとつとして,「実験的手法」を学ぶことが心理学実験の大きな目的と言えます。
現在,心理学の第一線で行われている実験は,非常に複雑で難しいものも少なくありません。ですが,スクーリングで皆さんが体験する実験は比較的簡単なものであり,また内容も古典的な(ベーシックな)ものがほとんどです。そのなかには「これのどこが人の行動説明に関係があるのか」少し見え難いものもあるでしょう。ですが,実験を行う1〜3年次は,実験法という「手法」を体得することに重点が置かれています。つまり,
(1)実験とはどのような流れで実施されるものなのか
(2)状況を統制するとはどのようなことか
(3)要因を操作するとは何か
(4)自分が実験を実施する側(実験者)になったとき相手(被験者)がどのような反応を返してくるか
など,実験法を用いて実際に研究する際に重要な事柄を体験してもらうことが重要かと考えています。そして,ここで体験した「要因を操作するという視点から,人間の行動を探求していく」というアプローチは,「実験」に限らず,心理学のさまざまな事柄を習得していく際に,とても大切な枠組みとなるはずです。これらの点を念頭に置きながら,心理学実験に臨んでいただけると嬉しいです。
◆歴史的にも深〜い関係
最後に,心理学の歴史から見た「実験と心理学の深〜い関係」について,簡単にご紹介しておきます。
近世以前まで「こころ」というものは,主に哲学的な側面から語られてきました。ですが,16〜17世紀頃に天文学や物理学の学問的発展があり,「実証可能な研究方法を採る学問こそが科学である」という風潮が強くなりました。そのなかで,心理学も科学の一ジャンルとして確立するために,「実験的手法を用いたアプローチ」を模索するようになりました。そんな折,後に「心理学の父」と呼ばれるヴント(Wundt, 1832〜1920)が世界で初めて大学に心理学の講座を設けましたが,それは実験心理学の講座でした。また,それと前後して,記憶や情動などの研究も,実験的な手法を用いて数多く行われた経緯があります。
比較的関心を持たれている方も多い臨床心理学分野での例を挙げるなら,臨床心理学の中で重要な概念の一つである「学習性無力感(何度も何度も失敗を繰り返すと,やがて行動そのものを起こそうとしなくなる)」も,最初は動物(白ネズミ)を使った実験から導き出されたものなんですよ。
以上,心理学における「実験」の意義や重要性について述べさせていただきました。「実験」に対する印象や考え方が,少しでも変わっていただけたでしょうか。スクーリングの際も教える側として,できるだけ「実験法の意義」を理解していただけるよう努力したいと思いますので,受講者の皆さんも尻込みせず,積極的に実験に臨んでみてください。