学長室の窓

学長メッセージ:令和六年度 卒業式 式辞

 令和7年3月14日
本日は、総合福祉学部、総合マネジメント学部、教育学部、健康科学部、通信教育部、通学・通信の大学院、すべての卒業される皆さん、ご卒業並びに修了おめでとうございます。また、これまでご指導いただきました諸先生ならびに職員の方々、さらには大学生活をお支えただきましたご家族、保護者の皆様には、心よりお祝いと感謝を申し上げます。

この春ご卒業、修了を迎える皆さんにとって、その学生生活は、ご入学前の高校時代から終始、新コロナウイルスに翻弄され続けた日々でもありました。一生に一度のかけがえのない入学式の式典を控えることとなり、また在学中には慣れない遠隔授業に、部活動の中止や制限、国見祭の取りやめなど、多くの犠牲を余儀なくされ、大切な青春時代の機会を多く奪うことにもなりました。そうした学生生活に対して、学長として心より深くお詫びを申し上げる次第です。

さて、これから希望に胸を膨らませて就職する皆さん、あるいは、より深い学問と技術を求めて大学院など各種学校に進学する皆さん、一つの節目となるこの日を迎え、多くの思い出がよぎっていることと思います。期待と不安を乗せた春風そよぐあの入学以来、皆さんはどのような学生生活を送ってきたでしょうか。おそらくは、一生の付き合いとなる大切な友人との出会い、肩を並べて学んだ授業、深夜まで机に向かって励んだ国家資格試験の勉強、血のにじむような厳しい練習を重ねた部活動、高齢者や患者さん、そして子供たちにそっと手を差し伸べた様々な施設や教育の実習、楽しく学問を深めたゼミ、被災地を訪れ、ともに汗を流したボランティア活動…。こうした本学でのかけがえのない学びと経験が、きっと皆さんのこれからの人生を切り拓いてくれる大きな力となってくれることでしょう。

本学の建学の精神は、そうした人間の生き抜く力を呼び覚ます教え、「行学一如」でありますが、実はこの仏教の知恵は在学中のみならず、卒業後の皆さんの一生を支える理念に他ならないのです。とりわけこれからの時代は、生成AIの本格的導入や、国内外における様々な不安定要素の影響を受ける、先行き不透明な社会に本格的に突入する社会になります。皆さんにとって、これから折々の人生の選択を迫られる、大切な場面に至りましたときには、ぜひとも母校、東北福祉大学の建学の精神「行学一如」を思い起こされ、奮起し、風に立ち向かって邁進していただきたいと思います。そのようなときのヒントとして、このようなお話があることを紹介いたしましょう。

それは鎌倉時代、曹洞宗の宗祖となる道元禅師が、24歳のとき、心機一転、当時の宋の国へと修行に旅立った折のお話です。『典座教訓』という書物によれば、1223年の2月、道元禅師は博多から出港され、浙江省の寧波の港に無事に到着したものの、上陸許可がおりず、船中で待機したまま、およそ3か月が過ぎた5月4日の昼下がりのことでした。貿易船の船長さんと雑談していると、そこへ現地のお坊さんらしき人が現れます。どうやら日本産の椎茸を買い付けにやってきたようでした。珍しいお坊さんの登場に嬉しくなった禅師は、さっそく話しかけます。するとその方は、阿育王山広利寺というお寺の台所和尚、いわゆる典座という役職の、61歳になるご老僧でした。今から800年前、しかも還暦を過ぎたかなりの高齢です。聞けば35里というとてつもない長距離を歩いてきたとのこと、これから山のように買い込んだ食材を背負って、お寺に帰るのだとも言います。道元禅師は失礼ながらも、お歳に似合わず働く老僧に、思わずこのように問いかけました。
「ずいぶんお年のようですね。ご老僧ほどお歳を召した方ならば、きれいな衣を着て坐禅をなさるとか、昔の高僧の書物を読むとか、若い方にご指導なさるとかしないのですか?何も今さら他人の食事の用意に力を注いだりして、何かそれで良いことでもあるのですか?」
若き道元禅師のこの問いに、老僧は大笑いして言ったのでした。
「はっはっはっ!日本の若者よ。あなたは修行とは何か、ものごとを学ぶとは何かという意味を、まだまったくお分かりでないようですな。そもそも人間にとって、文字とは何かをご存知ないようだ」
この思いがけない答えに、道元禅師は冷や水をかけられたように、はっとします。そして慌てて、こう問い返すのでした。
「いかなるかこれ文字、いかなるかこれ弁道!」
(文字とは何でしょうか、学ぶってどういうことでしょうか!)
これに老僧は、
「とても良い質問です。まさにその問いかけが大事、その問いを続けることです。それがある限り、きっと貴方は、貴方の目指す立派な人間になれる証拠なのですよ」と、答えるのでした。しかしその時、道元禅師はその老僧が何を言っているのか、よく意味が分からずに目を白黒させていますと、その表情を汲み取ったのでしょう。その老僧は、「後日あらためて自分のいる阿育王山へいらっしゃい」とだけ告げ、立ち去ってしまったのでした。周囲には何気ないやり取りであったかも知れませんが、道元禅師にとっては、人間にとって学問とは何か、文字や思想とは何を考える大事な契機となり、やがて「行学一如」にかかわる深遠な課題に挑戦する第一歩となったのです。そう、すでに皆さんがお気づきの通り、人間の導き出す人生の知恵とは、決して人工知能がはじき出した活字や情報と、まったく同一にはならないのです。思えば歴史上、かつて唐の時代、玄奘三蔵が18年もかけて死の砂漠のタクラマカンを踏破し、氷のヒマラヤを越えて経典を持ち帰った勇気と挑戦がありました。あるいは海の向こうに大陸があることを信じて大海原を旅立った偉大な人物もいました。こうした人類の歴史のさまざまな出来事は、確率論や合理性、損得の活字情報では、決して図れない「行学一如」の挑戦があってこそ、成し得たものなのです。そして、いつも乾いた心にやさしい思いやりの心を植えつけてくれるのも、文字の向こう側にある人間らしさの特性なのです。建学の精神には、実にそのような真心に裏付けられた学問と、額に汗するという実践であったということを、どうか誇りに思っていていただきたいのです。きっと、人生の大事な場面で、正しい答えが導き出されることでしょう。たしかに、世情を見渡せば今、止まらぬ少子高齢社会に地球規模の深刻な環境問題、自然災害、さらには非道なテロや戦争が現実に起きています。あまりにも厳しいこの現実を前に、はたしてこれから世の中はどうなってゆくのだろうと不安な気持ちになるかも知れません。しかし、不安な時代だからこそ、あえて申し上げましょう。今こそ、東北福祉大学を巣立ちゆく皆さんが活躍する時代なのです。なぜならば、不安と激変する世の中で、常に未来を見つめ、しっかりと変わらずに輝き続けることが出来る普遍の教えが、東北福祉大学の禅の教え、福祉の精神が皆さんにはあるからです。幼くして東日本大震災を経験され、その後の復興支援にも寄り添い、さらには本学でしっかりと学ばれた卒業生、修了生の皆さん。どうぞ自信をもって「行学一如」と「自利利他円満」の教えを、日本で、そして世界で実践するときが訪れたのだと鼓舞してください。われらが東北福祉大学は今も、そしてこれからも皆さんにとって一生涯の母校です。後輩たちとともに、私たち教職員は、いつでも皆さんを暖かくお迎えしたいと思います。

最後に私の好きな言葉を贈ります。それはオリンピックにも出場された水泳の池江璃花子さんの言葉です。

「神様は乗り越えられない試練は与えません。自分に乗り越えられない試練はないのです」

皆さんのさらなるご発展とご活躍、そしてご健康を心から祈念して、以上、学長式辞といたします。

令和7年3月14日
東北福祉大学 学長 千葉 公慈
 

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