【現場から現場へ】
[関連施設紹介] 介護現場における専門性とは《その2》
医療法人社団東北福祉会 介護老人保健施設 せんだんの丘 副施設長
土井 勝幸
◆1 はじめに
前号に続き,介護現場における専門職の専門性について述べることとします。介護・看護職は一般的に直接処遇業務者という表現が用いられ,日常生活を直接的に支援することが主な役割となります。せんだんの丘における看護・介護の役割については前号にて紹介しましたが,介護現場には他にも多くの専門職種がかかわっています。その理由は利用者の方々の持つ生活面での課題は多岐にわたるため,複合的に課題を解決していく専門的な視点が必要になるからです。
今号では,介護保険の一つのキーワードにもなっているリハビリテーションの専門職についてとりあげます。生活支援施設にリハビリテーション専門職がいる意味とは? そしてその役割とは? について,せんだんの丘での取組みを紹介します。
◆2 リハビリテーション専門職とは?
一般的にリハビリテーションの専門職と聞くと,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士が代表的なものとしてあげられますが,せんだんの丘には作業療法士しかおりません。特に大きな意味があるわけではなく,理学療法士・言語聴覚士も専門職として欲しいのですが,現状としては配置されていないと理解ください。したがって,作業療法士に焦点を当てた紹介になることをご了承ください。
1)せんだんの丘における作業療法士の役割とは?
皆さんがイメージしているリハビリとは訓練室等で行われる起居移動動作訓練と呼ばれる起き上がり・座位保持・立位保持・歩行訓練等が頭に浮かぶかもしれません。しかしながら,せんだんの丘では訓練室という限局された空間でのリハビリは重視していません。
(1) どんなリハビリをどこで行うのか?
介護・看護職同様,日常の生活空間を常に共にし,生活の連続性の中で起きてくるさまざまな課題にその場で適切に専門職としてのノウハウを発揮するようにしています。
(2) 具体的にはどのようなことなのか?
例えば,歩行訓練が必要な方には居室から食堂への移動の際に最も効率よく安全に歩行していただけるように場面を設定します。その時に,杖の長さ,重さ,太さ,足の出す位置,タイミング,体重移動の仕方,居室から食堂の自席までの距離等さまざまな配慮をしながら環境を設定します。杖歩行という一つの場面でさえも前述したように多くの配慮を必要とするのです。直接手を掛ける歩行訓練ではなく,生活空間の中でその方の能力に応じた環境を調整しながら,身体機能の状態に応じて最大限の能力を発揮していただく場面を作ることが作業療法士の役割になるのです。
ただし,無理強いをしては意味がありません。あくまでも歩きたいと思う“意思”が大切であり,その“意思”とは,歩くことが目的ではなく,手段となり,生活全般が主体的に活動できる環境にあるのかが鍵となります。そのためには,いつ歩くことが必要なのか? どのように歩くことが必要なのか? また歩くことがその方に本当に必要なのか? を生活の中から見つけなければなりません。
したがって,訓練室ではなく看護・介護職と共に生活の営みを見続けることが求められるのです。生活の中で起こる解決すべき課題は,閉鎖的な訓練室の中で行われる機能訓練では決して見つけることができないのです。
これらの生活支援が目の前で繰り返されることによって,作業療法士の専門性が言葉で既定された役割から,必然性のある専門性へと変化し,研ぎ澄まされた専門性へと成長していくのです。要するに“必要とされる役割”になるのです。
これが,継続してテーマとして掲げているチームアプローチの持つ意味にもなります。このことができている施設がどれだけ存在しているでしょうか? 疑問の残るところです。
2)福祉用具の活用
せっかく環境を作っても,設定された場面だけで行われるのでは日常の生活には生かされません。誰かが場面を作らなくてもいつでも一人で行えるようにすることが次の段階として必要であり,道具を活用する視点を持つことが大切になってきます。福祉用具を有効に活用し,人手を介してできたことを物に置き換えることによって介助ではなく限りなく自立になるのです。これらの環境調整まで行うことができて初めて生活支援がなされたと言えるでしょう。そしてこれらの用具を適切に機能に応じて提供することも作業療法士の大切な役割になります。そのためには道具が必要です。
せんだんの丘では,車椅子30数種類,歩行器10数種類,リハビリシューズ10数種類,車椅子クッション,杖,テーブル他,生活支援をするうえで必要と思われる福祉用具を多種多様に揃えており,実際の生活場面で使い分けるようにしています。これらが利用者の方の生活を支える力にどれだけ貢献しているかは歴然としています。
貴方は,身体に合わない車椅子で2時間も座り続けられますか? 答えは“ノー”でしょう!
介護保険が始まり,福祉用具が日進月歩で開発されているにもかかわらず,施設ほどありきたりの誰にでもあてはまる用具しか準備されません。これでは安心して安全に生活すること,さらには自立支援を十分機能させることはできません。福祉用具が日進月歩に何故進化しているのか? それは利用者の抱える課題もまた多様化しているため,限りなく一人一人にあわせる視点が大切になっているからです。だから,施設においても多種多様の福祉用具を揃え,使い分けなければならないのです。これからの多くの施設の大きな課題であると言えるでしょう。
◆3 障害の質に応じた役割とは?
歩行という課題を例にあげながら,リハビリテーション職の専門性について述べてきましたが,他の課題を持つ方にはどんな役割が求められるのか? 簡単に紹介します。
経鼻経管の寝たきりに近い利用者の方々に,再度経口摂取に取り組む際には,口腔運動機能の評価,姿勢の課題等,看・介護さらには歯科衛生士(常勤配置)との緻密な連携とともに,誤嚥を防ぐための環境調整が必要になります。経口摂取時の頸の角度,それを保つための車椅子の調整を作業療法士が行います。これらの連携の下に実際に経口摂取の機能を取り戻した利用者は数多く見られます。
見当識障害が強度に見られる痴呆症状の方には,生活環境のあり方が最も大切であり,良くも悪くも今そこにある環境の中から作り出すことが求められます。そのためにはアイデアが必要であり,さまざまな職種の視点がそのアイデアに厚みと幅を広げ,望ましい生活環境を作る力になります。
生活支援とは,安全に安心して生活できる環境から作られる生命の保障がまず求められます。そのためには,生活の質・健康感・機能(身体,精神)が三位一体となり支援できる環境が必要です。それが基盤となって初めて“その人らしく”という言葉に意味が持てるのではないでしょうか?