文部科学省平成20年度採択教育GP 重度障害者ICT支援コーディネータ育成

支援事例紹介

ここでは、実際の支援事例を紹介します。

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◆事例1

[札幌南病院で療養する重複障害のある患者さんへの支援事例を紹介します]
札幌南病院は,地下鉄南北線の南の終点真駒内から20分ほど車を走らせた郊外の山間地に所在している。明治時代に交通の要所として栄えた地区に,いかにも療養所然とした環境の静かなたたずまいを見せている。
病院にはALSの患者さんが少なからず入院療養を行っており,Aさんもそのうちの一人である。ただし,他のALSの患者さんと大きく異なるのは,視覚障害もある重複障害者だという点である。人工呼吸器は使用していないが,話すことのできない病状であるため,コミュケーション支援を欠くことはできない。
医療関係者と意思を伝達するパソコン画面彼が医療関係者に意思を伝達する手段は,ナースコールとパソコンの併用である。パソコンには,「オペレート・ナビ」がインストールされており,彼専用にカスタマイズされている。言わば,「用事表」に相当する文章がaからzのカテゴリ別に300以上も登録されている。視覚障害であるため,勿論見て選ぶことができない。だから,一つ一つ読み上げられた「用事」の中から,足の指でスイッチを入れて伝えたいことを選択する。そのとき,伝えたいメッセージがディスプレイに表示されるので,看護師さん達はディスプレイを見て彼の伝えたい内容を把握することになる。
「読み上げ」といってもその速さは尋常ではない。不思議に感じたが,300以上の「用事」を全て記憶しているということで,読み上げが速くても瞬時に判断できるらしい。オペ・ナビを使い始めて3年以上経っているとのことだが,その操作を見ると驚くばかりである。
足下の「スイッチ・ベース」足下のベッドサイドには写真のような「スイッチ・ベース」があり,左端がナースコール用のスイッチ,黒いものがテレビのスイッチ,そしてパソコン用のスイッチと並んでいる。見るからに手作り感のある代物だが,それを準備したのは看護師さんである。勿論,病院には作業療法士の方もいるので,相談しながら作成したとのこと。
身近な存在である看護師さんがスイッチまで作るとは頼もしい限りであるが,そのような事が可能なのは,それらに必要な知識と技術を学ぶことはもちろんだが,病院自身こういった支援に理解がないと実現できないと考えられる。従って,支援を要する人々には支援をしようという人とそれを保証する環境が不可欠と知らされる。
パソコンを使えない患者さんは,手作りの「文字盤」に,手が少し動く人は手に,脚が少し動く人には脚に,レーザー・ポインタを固定し,それで伝えたい内容を1字ずつ拾って伝えていた。支援をトコトン行う姿勢が感じられると共に,創意工夫に感心もさせられた経験であった。

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◆事例2
河北新報掲載記事(2008.3.10)『声とどけ㊦ 技術開発休みなく』からの転載]

 はんだごて,万力,やすり,ニッパー,カッター,細かい電子部品。仙台市泉区にある坂爪新一さん(72)の自宅の作業机は,小さなIT(情報技術)工房だ。
「一人一人にどんな意思伝達の可能性があるか,工夫や応用ができるか,四六時中考えては作っています」
重度障害者のコミュニケーションを助ける呼気スイッチ在宅の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者ら,これまで宮城県内の約40人が,坂爪さんの手助けで新たな意思伝達の手段を得た。家や病院を回る活動は年に百数十日にも及び,パーキンソン病や脳梗塞(こうそく)などの人にも広がる。
病気や障害で意思伝達が困難になった人への技術支援という全国にもなかったボランティアを始めたのは1992年,ALS患者の和川次男さん(58)=同市泉区=の出会いが機縁だった。「その生き方に打たれたんです」と坂爪さんは語る。
当時,和川さんは発病から4年目で入院中。気管切開による人工呼吸器装置で声を失い,パソコンを打つ指も動かなくなった。東北大工学部の研究者だった坂爪さんは,作業療法士を通して,手助けを求められた。
「普通の暮らしを続けたい。パソコンと,テレビやステレオのリモコンも合わせ,ひたいの動きで操作できる工夫はないか?」
初めて知ったALS患者の和川さんの願いに,坂爪さんは,ひたいとまぶたの動きで操作するスイッチを考案した。しかし,筋肉の衰えで装置の限界も早い。まゆげ,まつげの動きも利用し,光センサーで感知するスイッチも作った。やがてそれも無理になり・・・。
「でも夫は希望を捨てませんでした。人間らしく考え,愛し,生きられる,と身をもって伝えることが,おれの生の意味だと」。和川さんの妻はつみさん(54)は語る。
ALS患者の多くは人工呼吸器を選ばずに亡くなるのが現実だ。無力感や,孤独,家族の負担への心苦しさ。「病院を追われるように在宅を迫られ,声も失い,社会の一員として認められぬ存在。その理不尽さに夫は憤り,ともに生きよう,と患者仲間に呼び掛けてきたのです」と,はつみさん。
日本ALS協会宮城県支部の結成(96年),ALSへの介護保険適用を求める県知事や各政党への陳情,医療行為とされるたんの吸引をヘルパーらも行えるよう国に10年訴えた運動など,和川さんは車いすで先頭に立ち,生命の危険を顧みず上京もした。人をつなぐ「声」の発信を,坂爪さんが二人三脚で支えてきた。
「想(おも)いを伝え続けながら,夫婦,家族の心が近づき,私はALSと幸せに生きております」。和川さんの最後の力,脳波で意思を伝える装置で作った挨拶が読み上げられたのは昨年11月末。県支部が初めて仙台で開いた患者と市民との集いだった。
コミュニケーション支援を続けてきた坂爪さんも70代。「技術ボランティアの後継者を募りたい」と訴えた。人工呼吸器を着けて生きる患者の仲間も次々,家族と舞台に進み,「意思の伝達は命綱、希望。その輪を広げて」とメッセージを聴衆に届かせた。一度は言葉を失った人々の新しい「声」が響き始めた。

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◆事例3
宮城県社会福祉協議会『福祉みやぎ』(2008.10月号)より転載]

<佐藤さんのプロフィール>

 重度障害者のコミュニケーションを助けるフレキタッチ電極妻と2人のこどもをもつ40代。筋萎縮性側索硬化症(ALS)で現在入院しています。手足のマヒから始まり,今は顔の表情筋以外の身体機能はほとんど動かない状態です。
気管切開をして人工呼吸器を装着する佐藤さんのコミュニケーション手段は,重度障害者用意思伝達装置。
その入力スイッチは病状の進行に合わせた改良が求められ,宮城県介護研修センターの大場作業療法士とは4年前からの付き合いになります。
佐藤さんは,右側の頭に2点式の入力スイッチを貼っています。額にシワを寄せて金属の板と棒を接触させることで,プラスとマイナスをショートさせ,自分でオン・オフを操作するのです。
この作業を繰り返して意思伝達装置に信号を送ることで,文章入力・文章選択を行い,メールやナースコールで意思伝達をするほか,テレビやCD,DVDを楽しむこともできます。

<大場作業療法士へのインタビュー>

・佐藤さんとの出会いは?

 「足でパソコンを操作していたけれど,近頃それが難しくなった方がいてね。どんな方法があるだろうか」との保健所の理学療法士さんからの相談がきっかけです。佐藤さん以外でも,保健師やケアマネジャー,訪問リハビリテーションや病院の作業療法士,訪問看護師,福祉用具を扱う事業所からの相談で始まることが多いですね。

・佐藤さんにどのような支援を行ってきましたか?

 以前は,ベッドの足元にパソコンのマウスやベッドリモコンを貼り付け,足で操作していたそうです。それが難しくなり,マウス操作から,画面をスキャンするスイッチ操作に変えました。出会った4年前は足の親指に力を加えることができたので,指を曲げると反応するスイッチを作製して使用していましたが,症状の進行でそれも難しくなり,今は額に貼り付ける入力スイッチになりました。入力スイッチは,佐藤さんの残存能力と機械の特性を正確に評価し,試行錯誤しながら作ります。佐藤さんと一緒に作り上げるので,信頼関係の構築なくてはできません。 (中略)

・佐藤さんとの関わりで喜びを感じたことは?

 病気が進行すると身体機能が低下してしまうのですが,その一方で,福祉用具を活用することでできることが増えたときですね。心からうれしい!佐藤さんも「福祉用具を使うことで生きる希望につながった」とおっしゃっていましたが,ご本人の気持ちがないと,やらされていると苦痛ばかりで,支援も空回りになりますからね。

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<問い合わせ先>

〒981-8522
仙台市青葉区国見1-8-1
東北福祉大学総合マネジメント学部情報福祉マネジメント学科
TEL:022-301-1178
ictfhd@tfu-mail.tfu.ac.jp

このホームページは,在宅収入支援事業の一環として,障害のある方によって制作されています。