2021/03/31 情報福祉マネジメント学科

人工知能の内なる心は… - カズオ・イシグロ「クララとお日さま」より - 鈴田泰子准教授

教員の声<不定期更新>
学科の教育や活動について学科教員の視点でまとめて報告します。

ファンタジックな童話を思わせる愛らしいタイトルのついたこの物語は、2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロが上梓した最新作です※1。主人公であるクララは、ショートカットの髪に浅黒い肌のフランス人風の可愛らしい容姿をもち、太陽光をエネルギー源とする人工知能を搭載したロボットなのです。仲間たちと販売店の店頭に並び、物柔らかな人柄の店長の教育的かかわりを受けながら、人間の子どもの人工親友(AF:Artificial Friends)として購入されて家庭へ迎え入れられるのを待っているのです。クララは日当たりのよい場所に配置されれば「お日さまの栄養をたくさん受け取ることができる」と喜び、大気汚染に遮られて日差しがかげれば「お日さまを怒らせてしまったのでは」とい、太陽に象徴される自然の営みに対して驚くほど謙虚で控えめで、柔らかな感性を持っています。自然に対して傲慢な振る舞いを続けてきた私たちは、我が身をふり返らされる思いですね。

クララは行き倒れた物乞いの人と犬が太陽の光を浴びて再び活動を始める姿を見て喜び、横断歩道の両端から近寄って久々の再会を喜び合う老人と老婦人にもしみじみと心を寄せます。それはなんとも人間的で人間愛に満ちていて、プログラミングされた人工知能が人間の生活世界について学習を深める姿であることを忘れさせます。やがてクララはジョジーという一人の病弱な少女とめぐり会い、ジョジーの忠実なAFとして彼女を観察しながら学習を深化させていきます。AFは子どもと同じ屋根の下に起居し、子どもと親密なかかわりを持ちながら、その発達と成長を促す役割を期待されるのです。

そしてこの物語世界では、発達と成長の途上にある人間の子どもに「向上処置」という驚くべき通過儀礼が用意されていました。それは疾病や死さえもたらすリスクを伴う遺伝子編集であることが、文中にほのめかされています。クララが親友として寄り添うジョジーは、それによって健康を損ないました。家族はジョジーが死に至った場合を想定し、クララに「ジョジーを継続する」よう依頼します。それはジョジーを精巧に模したに、クララという人工知能を移植し、ジョジーとして機能させることを意味します。人間どうしならば倫理的に決して許されないことを、近未来の私たちは人間社会に深くかかわりを持つ人工知能に対して実行するでしょうか、しないでしょうか。近未来ではなく現在を生きている私には、まだ確かな答えを見出すのが難しい問いです。またこの物語では、向上処置を受けた子どもと受けていない子どもの個体差から生まれるさまざまな格差や、人間の子どもと人間の姿をしたAFを区別するのか差別するのかという問題も描かれています。あなたなら、こうした状況でどのように行動するでしょうか。

クララはジョジーが健康を取り戻せるよう、太陽に願いをかけて祈ります。自分の認識機能を支える大切な溶液を内部から取り出してまで大気汚染を食い止めようとし、太陽光の恵みをジョジーに届けようとするのです。やがてジョジーは健康を取り戻し、成長して大人になっていきます。自分を人工親友として受け入れてくれたジョジーのために、クララが惜しみなく表現する献身的な友情のような、家族愛のような、なんとも言えず温かいものを、イシグロは余すところなく描いています。

物語の終盤では、クララをリバースエンジニアリングして、ブラックボックスであるAFの意思決定や行動選択のプロセスを解析しようと提案する技術者が現れます。クララは「やってもいいです」と言いますが、ジョジーの母親は「クララにそんな不当な扱いは許さない、そっと引退させてあげたいの」と言って強く拒絶します。クララが穏やかな最期を迎える権利を、ジョジーの母親が擁護していると考えられる場面ですね。もともとは金銭によって購入された製品としてのAFに、人格や人権を認めるということでしょうか。もし私がジョジーの母親の立場だったら、娘のジョジーの人工親友であるクララに同じように振る舞うのかどうか、いまはまだ想像ができません。もしもあなたがこの場面にいたら、どうしますか。

そして月日は過ぎ去り、ジョジーが大学へ入学するために家を離れる日がやってきます。クララの居場所は子ども部屋から物置へ、そしてどこかの廃品置き場へと移り変わります。この物語がフィクションだと分かっていても、ページをめくって読み進むうちに、私は幾度も心がざわつくのを禁じ得ませんでした。役目を終えたAFが廃品として処分されるのは「不当な扱い」ではないのでしょうか。これも確たる答えを出すには時間と議論が必要で、私たちはそれぞれの視座や価値観、人生観や人間観にもとづいて意見を交わすことになるでしょう。

カズオ・イシグロの文章は、近未来を生きる子どもの姿に向ける眼差しの優しさを感じさせます。彼の作品のひとつ「私を離さないで」という小説には、臓器提供のためのクローンとして生まれた子どもたちが集団生活を送る様子が描かれています。彼らは自らのルーツに強い関心を持ったり、互いに惹かれ合ったりしながら育っていきます。やがて一つずつ臓器を摘出され、次第に衰弱してその生を終える運命にあるというのに。カズオ・イシグロは、そうしたいがたい人生のレールの上にあっても、人には心があり、友情があり、恋心があり、向上心があって、歓喜や幸福のあることを思い出させてくれます。

現在の私たちはとかく「今はこういう時代だから仕方ない」といろいろなことを諦めがちですが、そんな私たちに生きるとは何か、心を持つとはどういうことか、他者とのかかわりとは…という問いを、深く考えさせてくれるのです。大学というところは、知性と知性が出会い、かかわりが生まれる場でもあります。あなたもまた、本学で心の琴線に触れる学友や、あなたを導く教員たち、学びをバックアップしてくれる職員の方々と出会い、人格を陶冶して行くことができますようにーークララがジョジーの健康回復を祈ったように、私も心から願っています。

※1 カズオ・イシグロ『クララとお日さま』土屋政雄訳,早川書房(2021)

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