ノーベル賞候補 小川誠二特別栄誉教授
「fMRI」基本原理の発見者として知られる小川誠二特別栄誉教授。2009年に米国の情報会社トムソン・ロイターからノーベル医学・生理学賞と化学賞の両部門の有力候補(トムソン・ロイター引用栄誉賞、現・クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞)として発表されて以降、国内外のメディアから注目されています。
本学が2008年度文部科学省から採択された私立大学戦略的研究基盤形成支援事業では、3つのプロジェクトの1つ「磁気共鳴法における新たな研究手法を用いた先端的脳機能イメージング」で、中心的役割を担いました。2014年度からは5年間、同じく文部科学省採択事業の「社会的・職業能力育成プログラムに資する認知・脳科学的エビデンス情報提供基盤の構築」のプロジェクトリーダーを務めました。
2019年からは、これまでの成果を生かしたプロジェクト「サクセスフルエイジング(S.A.)を促す認知機能変化の脳科学的検討」で、責任者として研究を継続しています。
機能的磁気共鳴映像法(Functional Magnetic Resonance Imaging, fMRI)とは
1990年代は脳の10年と呼ばれて、脳科学のいろいろな分野で多大な進展がみられました。特に、機能的脳活動の画像化の発展ぶりには目をみはるものがあり、その中で、脳を対象にしたfMRIは発展の主動力になりました。fMRIの応用は医学・神経科学から心理学、さらに社会科学のいろいろな分野にも及んでいます。
普通のMRIは病院で使われているように、脳の構造を非侵襲的に測る最も優れた方法として知られています。fMRIはMRIのもたらす構造情報の上に、脳の機能活動がどの部位で起きたかを画像化するものです(図1)。在来、脳の神経活動で起きる電気磁気現象をMRIで直接検出するのが大変難しく、脳機能をMRIで測ることは不可能とされてきました。ところが、MRIの信号には小さいながら、脳の生理現象の変化と共に変わる成分があり、それが脳機能活動と関連した信号変化として捉えられることが示されました(小川 他、1990、1992年)。これがfMRIの始まりでBOLD法と名づけられています*。
*S. Ogawa, T. M. Lee, A. R. Kay and D. W. Tank, "Brain Magnetic Resonance Imaging with Contrast Dependent on Blood Oxygenation", Proc. Natl. Acad. Sci. (USA), 87, 9868-9872 (1990)
S. Ogawa, D. W. Tank, R. Menon, J. M. Ellermann, S.-G. Kim, H. Merkle and K. Ugurbil, "Intrinsic Signal Changes Accompanying Sensory Stimulation: Functional Brain Mapping With Magnetic Resonance Imaging" Proc. Natl. Acad. Sci. (USA), 89, 5951-5955 (1992).
普通のMRIは病院で使われているように、脳の構造を非侵襲的に測る最も優れた方法として知られています。fMRIはMRIのもたらす構造情報の上に、脳の機能活動がどの部位で起きたかを画像化するものです(図1)。在来、脳の神経活動で起きる電気磁気現象をMRIで直接検出するのが大変難しく、脳機能をMRIで測ることは不可能とされてきました。ところが、MRIの信号には小さいながら、脳の生理現象の変化と共に変わる成分があり、それが脳機能活動と関連した信号変化として捉えられることが示されました(小川 他、1990、1992年)。これがfMRIの始まりでBOLD法と名づけられています*。
*S. Ogawa, T. M. Lee, A. R. Kay and D. W. Tank, "Brain Magnetic Resonance Imaging with Contrast Dependent on Blood Oxygenation", Proc. Natl. Acad. Sci. (USA), 87, 9868-9872 (1990)
自然からの贈り物
fMRIのような機能的脳活動の画像化にとって、自然は2つのとても都合の良い状況をつくってくれています。それらの大体の様子は100年も前から知られていることですが、その1つは、脳が種々の機能的特性をもった多くの部位にはっきり分けられていることで、もし、機能活動が脳の広い分野全体を通して空間区分なしに起きているのであれば、画像化の意味はなくなります。勿論、脳は与えられた課題を処理するために多くの機能部位を動員し、脳内に適当なネットワークを組んで働いているはずです。
第2の状況は、脳内のいろいろな所で機能活動が起きると、その神経活動に付随して血流や代謝が増加し、しかもその変化は神経活動の起きた部位と空間的にほぼ合致しているということです。基になる神経活動に大変強く連結して起きるこの付随反応のお陰で、脳の多くの領域でおきる機能活動をMRIによって追跡出来るわけです。これら2つの状況どちらかでもが欠ければ、fMRIの存在の意味を失います。
第2の状況は、脳内のいろいろな所で機能活動が起きると、その神経活動に付随して血流や代謝が増加し、しかもその変化は神経活動の起きた部位と空間的にほぼ合致しているということです。基になる神経活動に大変強く連結して起きるこの付随反応のお陰で、脳の多くの領域でおきる機能活動をMRIによって追跡出来るわけです。これら2つの状況どちらかでもが欠ければ、fMRIの存在の意味を失います。
BOLD効果とは
MRIで使うような強い均一な磁場内に磁化率の異なるものが置かれるとそのものの内部及び周りに磁場の変化・歪を生じます。電磁気の教科書にある図ですが、円筒状のものが均一磁場内に置かれたときの磁場の様子を示しています。
このような現象が脳組織内でも起きることを示したのが図2です。組織には酸素を供給すべく多くの血管網がはりめぐらされています。血液は小さな動脈から毛細管を通って静脈に達します。血液中の赤血球には酸素を運ぶヘモグロビンが多量にあります。このヘモグロビンは酸素分子を結合している時には反磁性で、毛細管で酸素を放出した後(デオキシヘモグロビン)では常磁性になります。常磁性体であるデオキシヘモグロビンを多く持つ静脈側の血管の中及び周りには僅かながら磁場の歪をつくります。この歪の存在はそのあたりの水(のプロトン)の信号(MRIはこの水を対象にした磁気共鳴現象を測るものです)を弱めます。この現象をBOLD(Blood Oxygenation Level Dependent)効果と呼びました。
更に、脳の機能活動として神経細胞の周りのシナップス活動が増加しますと、そばに存在するアストロサイト(グリア細胞;神経細胞の働きを補助)やニューロンが感知して血管を拡げる物質を血管の壁におくり、結果として血流の増加がおきます。この血流増加による酸素の供給は神経活動の増加に伴う酸素消費の増加を遥かに凌ぎ(過剰の酸素供給)ます。その結果、デオキヘモグロビンの量が減り、先に述べた磁場の歪の減少をもたらし、MRI信号が僅かに増えます。この信号変化が機能活動の増加に対応したものとして画像化されるのです、すなわちfMRIによる脳機能測定となります。
このような現象が脳組織内でも起きることを示したのが図2です。組織には酸素を供給すべく多くの血管網がはりめぐらされています。血液は小さな動脈から毛細管を通って静脈に達します。血液中の赤血球には酸素を運ぶヘモグロビンが多量にあります。このヘモグロビンは酸素分子を結合している時には反磁性で、毛細管で酸素を放出した後(デオキシヘモグロビン)では常磁性になります。常磁性体であるデオキシヘモグロビンを多く持つ静脈側の血管の中及び周りには僅かながら磁場の歪をつくります。この歪の存在はそのあたりの水(のプロトン)の信号(MRIはこの水を対象にした磁気共鳴現象を測るものです)を弱めます。この現象をBOLD(Blood Oxygenation Level Dependent)効果と呼びました。
更に、脳の機能活動として神経細胞の周りのシナップス活動が増加しますと、そばに存在するアストロサイト(グリア細胞;神経細胞の働きを補助)やニューロンが感知して血管を拡げる物質を血管の壁におくり、結果として血流の増加がおきます。この血流増加による酸素の供給は神経活動の増加に伴う酸素消費の増加を遥かに凌ぎ(過剰の酸素供給)ます。その結果、デオキヘモグロビンの量が減り、先に述べた磁場の歪の減少をもたらし、MRI信号が僅かに増えます。この信号変化が機能活動の増加に対応したものとして画像化されるのです、すなわちfMRIによる脳機能測定となります。
脳疾患診断などへの応用
約10年前から、与えられた課題を処理しない状態(安静状態)でも脳のfMRI信号の変化があること、そしてそれが脳の信号処理基盤と深く関連していることが確認されました。この安静時のfMRI信号計測は課題遂行時と比べてかなり容易であり、脳疾患診断の研究などに広く使われるようになりました。
安静時でのfMRI信号から脳疾患によっては特定の部位で健常者と患者間で信号強度の違いが見られます。アルツハイマー病(AD)の研究でも脳画像による研究が盛んになってきており、健常者と比べて患者で信号強度が弱くなっているところや(図3:後帯状皮質&楔前部)、また、幾つかの脳部位間でのfMRI信号のつながり(ネットワーク)が健常者と比べて弱くなっていることも分かっています(図4:楔前部と前頭前皮質内側部の機能的結合)。自閉症(Autism spectrum disorder: ASD)の場合でも、脳部位間のつながりが健常者と比べて患者で弱くなっていることが見られます。
安静時でのfMRI信号から脳疾患によっては特定の部位で健常者と患者間で信号強度の違いが見られます。アルツハイマー病(AD)の研究でも脳画像による研究が盛んになってきており、健常者と比べて患者で信号強度が弱くなっているところや(図3:後帯状皮質&楔前部)、また、幾つかの脳部位間でのfMRI信号のつながり(ネットワーク)が健常者と比べて弱くなっていることも分かっています(図4:楔前部と前頭前皮質内側部の機能的結合)。自閉症(Autism spectrum disorder: ASD)の場合でも、脳部位間のつながりが健常者と比べて患者で弱くなっていることが見られます。
さらに、fMRIの応用はヒトの社会性、職業適性など様々な個人的な特性を理解する分野へも広がっています。図5は視覚デザインのような職業適性に関連する脳のネットワークを示しています。fMRI信号からのネットワーク情報を用いることでヒトのその適性を評価することが出来ます。
機能的MRIの未来
非侵襲的かつ高空間分解度で脳の活動を画像化できる方法である機能的MRIは、脳の機能活動メカニズムの解明及びAI、医療、教育などの分野への応用がすすみ、特に7テスラ以上の高磁場MRI装置を利用すれば、さらに微細な構造上の機能活動の情報が得られ、期待はますます広がります。
本学での小川誠二特別栄誉教授の研究
経歴および受賞歴等
氏名 | 小川 誠二(おがわ せいじ) | |
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生年月日 | 1934年1月19日 | |
現職(専門分野) | 東北福祉大学 特別栄誉教授 (応用物理、生体物理、脳科学) | |
国籍(本籍地) | 日本(東京都) | |
学位 | 1967年5月 | PhD(理学)(スタンフォード大学) |
経歴 | 1952年3月 | 東京都立上野高等学校卒業 |
1957年3月 | 東京大学工学部応用物理学科卒業 工学士(応用物理) | |
1957年4月−1962年 | 大日本紡績株式会社(現ユニチカ株式会社) ※57年東京大学工学部出向、59年日本放射線高分子研究協会出向 |
|
1962年6月−1964年 | メロン研究所(米国ペンシルベニア州ピッツバーグ市) 放射線化学研究部 研究アソシエイト |
|
1964年−1967年 | スタンフォード大学大学院、助手 | |
1967年5月 | スタンフォード大学大学院化学科修了 PhD(理学) | |
1967年−1968年 | スタンフォード大学化学科ポストドクトーラルフェロー | |
1968年−1970年 | ベル研究所 生体物理学研究部 研究員 | |
1971年−1984年 | ベル研究所 生体物理学研究部 主任研究員 | |
1984年−1992年 | ベル研究所 生体物理学研究部 特別研究員 | |
1992年−2001年 | ベル研究所 生物演算研究部 特別研究員 | |
2001年−2004年 | ヨシバ大学アルバート・アインシュタイン医学部客員教授 | |
2001年−2008年 | 財団法人濱野生命科学研究財団 小川脳機能研究所所長 | |
2008年4月−2021年3月 | 東北福祉大学 感性福祉研究所 特任教授 | |
2008年−2012年 | 慶応義塾大学大学院 社会学研究科 訪問教授 | |
2008年−現在 | 韓国嘉泉医科学大学(現・嘉泉大学)神経科学研究所 訪問教授 | |
2009年−現在 | ヨシバ大学アルバート・アインシュタイン医学部客員教授 | |
2011年−2015年 | 独立行政法人情報通信研究機構 R&Dアドバイザー | |
2013年−現在 | 大阪大学大学院 生命機能研究科 招聘教授 | |
2016年−現在 | 脳情報通信融合研究センター 招聘専門員 | |
2019年−現在 | 名古屋大学 脳とこころの研究センター 客員教授 | |
2021年4月−現在 | 東北福祉大学特別栄誉教授 | |
受賞歴 |
1967年 | イーストマン・コダック化学賞(博士課程在籍者対象) |
1995年 | 国際磁気共鳴医学会 金賞(磁気共鳴に関する科学的貢献) | |
1996年 | 米国物理学会 生物物理学賞(生物物理及び脳機能磁気共鳴法の研究) | |
1997年 | 国際磁気共鳴医学会 フェロー | |
1998年 | 中山人間科学財団 中山賞(磁気共鳴法による脳機能画像化を可能にするBOLD効果) | |
1999年 | 朝日新聞文化財団 朝日賞(機能的MRIの原理「BOLD法」の発見) | |
2000年 | 米国科学アカデミー 医学院外国会員 | |
2003年 | 日本国際賞(磁気共鳴機能画像法の基礎原理の発見) | |
2003年 | ガードナー国際賞(磁気共鳴画像法の基礎原理の発見) | |
2005年 | インド科学アカデミー 外国会員 | |
2007年 | 磁気共鳴国際学会 ISMAR賞 | |
2008年 | ヘルシンキ工科大学 Olli V.Lounasmaa Memorial Prize | |
2011年 | スタンフォード大学医学部 ライナス・ポーリング・メダル | |
2011年−2015年 | 独立行政法人放射線医学総合研究所 フェロー | |
2014年 | 公益財団法人立石科学技術振興財団 立石賞・特別賞 | |
2016年 | 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 名誉フェロー | |
2017年 | 慶應医学賞(機能的MRIの開発) | |
2018年 | 第2回日本医療研究開発大賞内閣総理大臣賞(機能的MRIの開発) | |
2020年 | 大阪大学 特別栄誉教授 |
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