2021/06/11 福祉心理学科
【研究】「日本の看護師の新型コロナウイルスへの感染恐怖 -恐怖を高める要因が明らかに-」/高木源助教 共同研究
ポイント
- 新型コロナウイルス感染症の拡大状況下において、日本の看護師が抱えている感染恐怖の高さや、感染恐怖に影響を与える要因が明らかになった。
- 看護師の中でも、高齢者と同居している看護師、規模の小さい病院で働いている看護師、夜勤帯での勤務の多い看護師が、特に高い感染恐怖を抱えていることが明らかになった。
- 規模の小さい病院の看護師が高い感染恐怖を抱いていることが示されたことにより、感染してしまった場合の事後対応や組織的なサポートの充実によって、感染恐怖が低減できる可能性が示唆された。
- 高齢者と同居している看護師や、夜勤帯での勤務が多い看護師に対する心理的なサポートを積極的にしていくことが必要であることが示された。
概要
東北大学大学院教育学研究科博士課程 小岩 広平(こいわ こうへい)、東北大学大学院教育学研究科 若島 孔文(わかしま こうぶん)教授、東北福祉大学福祉心理学科 高木 源(たかぎ げん)助教らの研究グループは、看護師を対象にした新型コロナウイルスに対する恐怖について報告しました。
新型コロナウイルス感染症の流行が世界中で続く中、医療機能の維持に重要な役割をはたしているのが看護師です。世界規模の感染拡大の中で、看護師は自身が感染するリスクを伴いながら、勤務にあたっています。感染拡大の最前線に立つ看護師の労働状況の中で、医療現場において問題となっているのが、看護師のもつ新型コロナウイルス感染症への感染恐怖です。看護師の感染恐怖は、看護師のストレス要因のもっとも大きなものであるといわれています。しかしながら、日本の看護師の新型コロナウイルス感染に関わる心理学的な研究は十分に行われてきませんでした。そこで、本研究では、看護師の新型コロナウイルス感染恐怖を測定し、その規定要因を明らかにしました。
2020年5月20日から6月5日までの期間中に、日本国内在住の看護師を対象にWeb調査を行いました。129名の看護師のデータを分析しました。
詳細な分析を行った結果、本研究において明らかになった新たな知見は以下の4つです。
①高齢の家族と同居している看護師は、そうでない看護師と比べて、感染恐怖が高い
②小規模の病院で働いている看護師は、大きな病院で働いている看護師と比べて、感染恐怖が高い
③夜勤帯での時間が多い看護師ほど、感染恐怖が高い
④看護師が行っている恐怖からの逃避するような対処は、感染恐怖と関連している
本研究では、規模の小さい病院の看護師が高い感染恐怖を抱いているという結果から、感染してしまった場合の事後対応や組織的サポートを充実させることで、看護師の感染恐怖を低減できるのではないかと提案しています。
本成果の関する論文は2021年12月に心理学研究に掲載される予定です。
新型コロナウイルス感染症の流行が世界中で続く中、医療機能の維持に重要な役割をはたしているのが看護師です。世界規模の感染拡大の中で、看護師は自身が感染するリスクを伴いながら、勤務にあたっています。感染拡大の最前線に立つ看護師の労働状況の中で、医療現場において問題となっているのが、看護師のもつ新型コロナウイルス感染症への感染恐怖です。看護師の感染恐怖は、看護師のストレス要因のもっとも大きなものであるといわれています。しかしながら、日本の看護師の新型コロナウイルス感染に関わる心理学的な研究は十分に行われてきませんでした。そこで、本研究では、看護師の新型コロナウイルス感染恐怖を測定し、その規定要因を明らかにしました。
2020年5月20日から6月5日までの期間中に、日本国内在住の看護師を対象にWeb調査を行いました。129名の看護師のデータを分析しました。
詳細な分析を行った結果、本研究において明らかになった新たな知見は以下の4つです。
①高齢の家族と同居している看護師は、そうでない看護師と比べて、感染恐怖が高い
②小規模の病院で働いている看護師は、大きな病院で働いている看護師と比べて、感染恐怖が高い
③夜勤帯での時間が多い看護師ほど、感染恐怖が高い
④看護師が行っている恐怖からの逃避するような対処は、感染恐怖と関連している
本研究では、規模の小さい病院の看護師が高い感染恐怖を抱いているという結果から、感染してしまった場合の事後対応や組織的サポートを充実させることで、看護師の感染恐怖を低減できるのではないかと提案しています。
本成果の関する論文は2021年12月に心理学研究に掲載される予定です。
詳細な説明
新型コロナウイルス感染症の拡大が続く中、医療機能の維持に重要な役割をはたしているのが看護師です(日本看護師協会, 2020)。世界規模の感染拡大の中で、看護師は自身が感染するリスクを伴いながら、勤務にあたっています。感染拡大の最前線に立つ看護師の労働状況の中で、医療現場において問題となっているのが、看護師のもつ新型コロナウイルス感染症への感染恐怖である。我が国における看護師を対象とした調査では、15.4%の病院において看護師の離職が報告され、その主要な要因の一つに新型コロナウイルス感染症への感染恐怖があったことが示されている(日本看護師協会, 2020)。さらに、海外の研究では、新型コロナウイルス感染症への恐怖が、看護師のもっとも大きなストレス要因であることや(Tercan et al., 2020)、睡眠障害の発生や仕事の満足度の低下、離職意向などに結びつくことが明らかにされています(Labrague & Alexis, 2020)。
こうした社会的状況にもかかわらず、我が国における新型コロナウイルス感染症の拡大状況下での看護師のメンタルヘルスの研究には、医療従事者のバーンアウトに関する研究や(Matsuo, Kobayashi, & Taki, 2020)、ストレスに関する研究があるものの(Otgonbaatar, Ariunaa, Tundevrentsen, Naranbaatar,& Munkhkhand, 2020)、研究報告は不足していました。また、感染恐怖の強さを直接的に検討した研究は行われていませんでした。そこで、本研究では、我が国における看護師の感染恐怖の規定因を明らかにし,それぞれの要因が感染恐怖に与える影響の強さを検討することを目的としていました。
調査は、2020年5月20日から6月5日の間に行われ、129名(平均年齢37.59歳, SD=11.67)の女性看護師が分析対象となりました。調査では、Ahorsu et al.(2020)によって開発されたFCV-19Sを用いて、妊娠・不妊治療患者のCOVID-19に対する恐怖心を測定しました。また、COVID-19 に対処するためにどのような行動をとっているか、参加者の人口統計学的特徴(年齢、喫煙者、家族との同居)と危険因子(現在の健康状態、治療中の疾患、就労状況、前月の家族のコミュニケーション、前月の家族の葛藤、最も重要な情報源、お住まいの地域(都道府県)での感染者の有無、感染者の知人の有無に関する質問が本調査に含まれていました。また、買いだめ行動や健康モニタリング(健康管理など)を測定する項目についても調査しました。
分析では、感染恐怖の規定因を明らかにするため,感染恐怖得点を従属変数として,ステップワイズ法による重回帰分析を行いました。その結果、高齢者家族との同居、夜勤帯での勤務時間、病院の規模が小さいこと、感染恐怖から逃避しようとする対処行動が、感染恐怖に正の影響を与えていました。
まず、高齢者家族との同居が、感染恐怖に正の影響を与えていることが示されました。この点について、看護師が抱えている新型コロナウイルス感染症への感染恐怖は、その看護師が置かれている社会的な立場によって規定される側面があると指摘されていますが(Tercan et al., 2020),我が国においては特に高齢者との同居が重要な要素であることが考察されます。次に、「一週間における夜勤時間」が感染恐怖に正の影響を与えていました。この結果から、感染恐怖が看護師の体力的な消耗と関連する可能性が示唆されました。さらに、規模の大きい病院で働く看護師の感染恐怖が低いことから、感染対策の充実や、職場における感染症への専門的知識の豊富さ、看護師への組織的なサポートが、小規模の病院においては比較的整っていないことが多いため、診療所で働く看護師の恐怖が高いことが推察されます。
さらに、対処行動が恐怖に与える影響について、「恐怖からの逃避」が感染恐怖を高めていることが示された。恐怖からの逃避といった行動は,感染恐怖に対する一時的な発散方法となる代わりに、感染恐怖の長期化にもつながり、恐怖が維持されている状態であることが考察されます。ただし、感染恐怖の強い看護師が逃避を選択していることを可能性としては考えられるため、慎重な議論が必要です。
これらの結果より、高齢者と同居している看護師や、夜勤帯における労働時間の長い看護師が、特に強い感染恐怖をもっているため、心理的サポートが必要であることが考えられます。また、組織的なサポートの重要性を示唆するものであり、看護師が感染恐怖を抱かずに働けるようになるためには、小規模の医療施設においても、さらなる感染対策や感染発覚後の対策を充実させることが必要になるのではないかと考えられます。
こうした社会的状況にもかかわらず、我が国における新型コロナウイルス感染症の拡大状況下での看護師のメンタルヘルスの研究には、医療従事者のバーンアウトに関する研究や(Matsuo, Kobayashi, & Taki, 2020)、ストレスに関する研究があるものの(Otgonbaatar, Ariunaa, Tundevrentsen, Naranbaatar,& Munkhkhand, 2020)、研究報告は不足していました。また、感染恐怖の強さを直接的に検討した研究は行われていませんでした。そこで、本研究では、我が国における看護師の感染恐怖の規定因を明らかにし,それぞれの要因が感染恐怖に与える影響の強さを検討することを目的としていました。
調査は、2020年5月20日から6月5日の間に行われ、129名(平均年齢37.59歳, SD=11.67)の女性看護師が分析対象となりました。調査では、Ahorsu et al.(2020)によって開発されたFCV-19Sを用いて、妊娠・不妊治療患者のCOVID-19に対する恐怖心を測定しました。また、COVID-19 に対処するためにどのような行動をとっているか、参加者の人口統計学的特徴(年齢、喫煙者、家族との同居)と危険因子(現在の健康状態、治療中の疾患、就労状況、前月の家族のコミュニケーション、前月の家族の葛藤、最も重要な情報源、お住まいの地域(都道府県)での感染者の有無、感染者の知人の有無に関する質問が本調査に含まれていました。また、買いだめ行動や健康モニタリング(健康管理など)を測定する項目についても調査しました。
分析では、感染恐怖の規定因を明らかにするため,感染恐怖得点を従属変数として,ステップワイズ法による重回帰分析を行いました。その結果、高齢者家族との同居、夜勤帯での勤務時間、病院の規模が小さいこと、感染恐怖から逃避しようとする対処行動が、感染恐怖に正の影響を与えていました。
まず、高齢者家族との同居が、感染恐怖に正の影響を与えていることが示されました。この点について、看護師が抱えている新型コロナウイルス感染症への感染恐怖は、その看護師が置かれている社会的な立場によって規定される側面があると指摘されていますが(Tercan et al., 2020),我が国においては特に高齢者との同居が重要な要素であることが考察されます。次に、「一週間における夜勤時間」が感染恐怖に正の影響を与えていました。この結果から、感染恐怖が看護師の体力的な消耗と関連する可能性が示唆されました。さらに、規模の大きい病院で働く看護師の感染恐怖が低いことから、感染対策の充実や、職場における感染症への専門的知識の豊富さ、看護師への組織的なサポートが、小規模の病院においては比較的整っていないことが多いため、診療所で働く看護師の恐怖が高いことが推察されます。
さらに、対処行動が恐怖に与える影響について、「恐怖からの逃避」が感染恐怖を高めていることが示された。恐怖からの逃避といった行動は,感染恐怖に対する一時的な発散方法となる代わりに、感染恐怖の長期化にもつながり、恐怖が維持されている状態であることが考察されます。ただし、感染恐怖の強い看護師が逃避を選択していることを可能性としては考えられるため、慎重な議論が必要です。
これらの結果より、高齢者と同居している看護師や、夜勤帯における労働時間の長い看護師が、特に強い感染恐怖をもっているため、心理的サポートが必要であることが考えられます。また、組織的なサポートの重要性を示唆するものであり、看護師が感染恐怖を抱かずに働けるようになるためには、小規模の医療施設においても、さらなる感染対策や感染発覚後の対策を充実させることが必要になるのではないかと考えられます。
論文題目
Determinants of nurses' fear of infection with COVID-19 in Japan
Authors:Koiwa, K., Wakashima, K., Asai, K., Takagi, G., & Yoshii, H.
日本語タイトル:我が国における看護師の新型コロナウイルス感染症への感染恐怖の規定要因
著者:小岩 広平・若島 孔文・浅井 継悟・高木 源・吉井初美
掲載誌:心理学研究
Authors:Koiwa, K., Wakashima, K., Asai, K., Takagi, G., & Yoshii, H.
日本語タイトル:我が国における看護師の新型コロナウイルス感染症への感染恐怖の規定要因
著者:小岩 広平・若島 孔文・浅井 継悟・高木 源・吉井初美
掲載誌:心理学研究