科目別ガイドブック 2007

福祉心理学専攻

福祉心理学特講

担当教員● 佐藤 俊昭
4単位R1・2年

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テーマ

心理学と社会福祉の接点

人間のQOLを向上させるには、社会的援助システムを充実させると同時に、その心理的背景についての知識が必要です。例えば、飢餓は生命の危機であると同時に、心理的には恐怖となります。仮に、食料援助がなされたとしても、それだけでは支援としては不十分です。特に子ども時代の激しい長期の飢餓は、情緒的剥奪とほとんど同様の影響を残します。したがって、飢餓の社会的支援は情緒的支援の具体策を含まなければなりません。

このように人生の様々な局面における福祉の課題の心理的側面を見つめて、その効果的解決を願うのが福祉心理学の課題です。ここでは、様々な福祉問題の背景に潜む心理的仕組みを考えます。

レポート課題

課題1

「人生初期における無力感の発現とその回復の心理的方法」

課題2

「高齢者における無力感の発現の契機とその心理的対策」

アドバイス

課題1
解説

人生初期とは、思春期までと考えてください。日常生活の中には、子どもに無力感を誘発する出来事が少なくありません。そのため、子どもが、直面する困難な状況になんとかうまく対処しようと努力しても、その努力が次々に徒労に終わり、ついには、当面する課題に積極的に立ち向かう勇気を失ってしまうことも稀ではありません。このような状態が「無力感」です。心理的に落ち込んだ状態です。具体的にはどのような場合に無力感が起きるか、また、元気を回復するにはどうすればよいのかを研究します。

いま、子どもの問題が多発していますが、その背景に、親子関係の質、虐待、学校の状況、友人関係など、様々な要因が指摘されています。いずれも解決の困難な問題ですが、それらを「学習性の無力感」の視点から研究してください。きっと解決の方向を見つけることができます。

例えば、泣いても誰も助けてくれなければ、泣くのを止めるでしょう。人を慕っても冷たく無視され続けたら、人にこころを寄せようとはしなくなります。難しい数学の問題に出会ったとき、「この問題は難しいからやめた」と、解く努力を放棄すれば、問題は永遠に解けません。しかし、「難しいがやってみよう」と挑戦すれば、解ける可能性は残ります。学習の量よりも知的処理能力よりも、動機づけの要因の方がはるかに重要な分岐点となるのです。時には人生の別れ道ともなります。

では、挑戦への意欲を支えるのは何でしょうか。本人の意志か。意志という実体があって、エンジンの回転数を上げるか否かを決めるのでしょうか。心理学ではそのようには考えないのです。意志は独立の実体ではなく、目標の魅力、自己に対する信頼、社会的期待、周囲からの情緒的支援の有無などの要因の相互作用の産物であると考えます。だから、「頑張れ」というコトバだけで、エンジンの回転数があがるものではありません。

課題2
解説

何らかの喪失体験や失敗体験を契機に、何もかもうまくはいかないという無力感がおきて、できることさえやろうとしなくなります。例えば、パジャマから着替えなくなった、台所の片付けをしなくなった、新聞を読まなくなった、などの微妙な行動変化です。そのきっかけとなる出来事には、配偶者の死、転倒骨折などの大事件もありますが、義歯の具合が悪くなったなどの、一見些細な出来事もあります。いずれにせよ、これまで円滑に進行していた日常行動が挫折し、ご本人の努力と工夫だけでは、行動の建て直しができなくなると、上記のような行動変化を起こすことがあります。精神医学的には「うつ」と呼ばれますが、心理学の立場では、挫折経験の蓄積によって生じた無力感ですから、心理的な方法で修復可能なはずだと考えます。

このような行動変化がおきたとき、「頑張れ」のコトバは、時には残酷でさえあります。「うつ」に励ましは禁物であるというのが大原則です。無力感の軽減に役立つのは、むしろ周囲の情緒的支援です。

日常行動の失敗に対する対応はどう対処するのがよいのでしょうか。一つひとつの失敗を指摘するのは逆効果です。しかし、まったく指摘しないのも本人に気づきの機会を与えないことになるので、好ましいことではありません。例えば、おもらしにはどう対処すべきか。オムツを使用してなお無力感に陥らないようにするにはどうすればよいのでしょうか。

高齢者が無力感におちいる契機には、どんな出来事があるか、それによってどんな行動変化がおきるか、を具体的事例によって研究し、初期介入の方策としてどのような援助が効果的であるかを考えてください。

参考文献

赤字=大学から送付される必読図書)

  1. 金子 保 1994『ホスピタリズムの研究』 川島書店
  2. 波多野誼余夫・稲垣佳世子 1981『無気力の心理学』 中公新書