福祉の視点を活かした学びと
かけがえのないゼミ仲間たちとの出会い
東北福祉大学を選んだ理由は。

高校時代は好奇心旺盛で、経済や経営はもちろん、病気をした経験があるため福祉や医療分野にも興味がありました。東北福祉大学ではそういった多岐に渡る分野が学べることに魅力を感じました。鶴岡市で生まれ育ったので、もっといろいろなバックグラウンドを持つ人たちがいる環境で学びたいと思ったのも、仙台の大学に進学した理由のひとつです。
実際に入学してみていかがでしたか?
本当に想像以上に幅広く学べるところだと驚きました。福祉大なので、介護や医療関係の講義が多いのかと思っていたのですが、経済や経営、法律のほかにも、災害や防災の分野に特化した先生もいらっしゃいました。私は産業福祉マネジメント学科ですが、経済や経営の授業でも福祉の視点を織り交ぜて教えてくださる先生方もおり、それが福祉大ならではの学びでした。
ゼミは園田洋一先生のゼミで、人的資源管理論を学びました。経営学は人・もの・金の3つの要素で成り立っていますが、その中の「人」にフォーカスした学問です。「会社を上手く経営するためには、どのように従業員に動いて貰えばいいのか」など、人を資源として経営を成功させる手法を学ぶゼミでした。経営というと数字や金がメインになる学問ですが、人的資源管理論は人にフォーカスすることで、心理学や福祉学、また社会学など様々な要素が経営の中に入っている分野でした。
ゼミは園田洋一先生のゼミで、人的資源管理論を学びました。経営学は人・もの・金の3つの要素で成り立っていますが、その中の「人」にフォーカスした学問です。「会社を上手く経営するためには、どのように従業員に動いて貰えばいいのか」など、人を資源として経営を成功させる手法を学ぶゼミでした。経営というと数字や金がメインになる学問ですが、人的資源管理論は人にフォーカスすることで、心理学や福祉学、また社会学など様々な要素が経営の中に入っている分野でした。
サークルや地域活動には参加されていましたか?

1年生の時に防災士の資格を取得してからTeam Bousaisiというサークルに入りました。小中学校を訪問して消防署の皆さんと一緒に防災教育をやったり、NHKラジオに防災のミニコーナーを持たせていただいて、私たちの活動内容や防災の豆知識をお届けするなど、防災について発信する活動をやっていました。
学外ではNPO活動で岩手県陸前高田市に行き、地元の中高生と一緒に地域を盛り上げるイベントをやりました。福祉大以外の学生と交流する機会もあり、また地域の方々と関わりを持つ経験ができたことは、今の仕事にとても役立っていると思っています。
学外ではNPO活動で岩手県陸前高田市に行き、地元の中高生と一緒に地域を盛り上げるイベントをやりました。福祉大以外の学生と交流する機会もあり、また地域の方々と関わりを持つ経験ができたことは、今の仕事にとても役立っていると思っています。
4年生の時がコロナ禍ですが、影響はありましたか?
4年生は授業も3年生の時に比べて減り、友だちと会える機会もただでさえ少なくなるのですが、コロナでゼミなどもリモートになり、さらに会える時間が少なくなりました。就活で苦しくて大変な時に、面と向かって相談できないのはちょっと辛かったですね。でもそれがあったから、友だちに支えて貰っていたありがたみを感じられた時でもありました。テレビユー山形に入社した時もまだマスク生活だったので、顔を覚えていただけるか不安でした。
学生時代の一番の思い出は。

やっぱりゼミが一番です。特にゼミの冒頭で毎回やった1分間スピーチで、自分の思いをきちんと言葉で伝える力を培うことができたと思います。
産業福祉マネジメント学科は男子8割、女子が2割なのですが、園田ゼミは女子だけ12人のゼミでした(笑)。一人ひとりが自立していて、それぞれがやりたいことや夢を持っていて、芯がしっかりしている人ばかりだったので、その環境にいるだけで鼓舞されるような生活でした。みんなとは今もLINEのグループで繋がっていて、相談したいことがあればとても頼りになる存在です。
産業福祉マネジメント学科は男子8割、女子が2割なのですが、園田ゼミは女子だけ12人のゼミでした(笑)。一人ひとりが自立していて、それぞれがやりたいことや夢を持っていて、芯がしっかりしている人ばかりだったので、その環境にいるだけで鼓舞されるような生活でした。みんなとは今もLINEのグループで繋がっていて、相談したいことがあればとても頼りになる存在です。
初めての災害現場に圧倒されながら
伝えること、寄り添うことを考える。
テレビ局に入るために、特にやったことはありますか?

地方局ですと総合職とアナウンサー職という括りでの採用になります。私は記者としてテレビを通して情報を届ける仕事に興味があったので、仙台にあるアナウンススクールに通いました。レッスンを受けたことで、滑舌やアクセントなどが良くなり、伝わる話し方ができるようになりました。
2024年4月から報道記者ですね。
事件や事故、災害、もちろん楽しいイベントの取材など様々なニュースを取材して、視聴者の皆さまにお届けしています。カメラマンと二人で取材に行くだけでなく、一回り小さいカメラを持って一人で取材・撮影をすることもあります。
今年の山形は事件も災害も多く、特に7月の記録的な大雨では土砂崩れで家屋が全壊したり、警察官がお亡くなりになったり、悲惨な光景を目の当たりにしました。
今年の山形は事件も災害も多く、特に7月の記録的な大雨では土砂崩れで家屋が全壊したり、警察官がお亡くなりになったり、悲惨な光景を目の当たりにしました。
特に印象に残っていることは。

その7月の大雨で土砂崩れの被害に遭った、最上地方の老舗温泉旅館の営業再開までの110日間を取材させていただいたことです。発災から6日後に現地に入ったのですが、大浴場に土砂が流れ込み目を覆いたくなるような状況でした。初めての災害現場でしたが、何とかこの状況を伝えなければと取材し、ネットで全国ニュースにして貰いました。
通うたびに土砂が取り除かれてきれいになっていくのですが、一方で設備の損失が露わになり、災害の現実に圧倒されました。邪魔だろうなと思いながら復旧作業をされている皆さんを取材する葛藤や、「人に寄り添う」とは何だろうと真剣に考えた時間でした。それでも何とかして、この状況を県の方々や全国へ伝えなければと、その一心でした。
通うたびに土砂が取り除かれてきれいになっていくのですが、一方で設備の損失が露わになり、災害の現実に圧倒されました。邪魔だろうなと思いながら復旧作業をされている皆さんを取材する葛藤や、「人に寄り添う」とは何だろうと真剣に考えた時間でした。それでも何とかして、この状況を県の方々や全国へ伝えなければと、その一心でした。
誰もが生きやすい場所を作るために
女性の視点を活かした取材を
東北福祉大学で学んだことは、今の仕事にどのように役立っていますか?

福祉大には様々な分野を学びに来る学生が集うので、そういった環境の中で学んだことで、多角的に物事を見る視点の大切さに気づけました。そのおかげで、取材する時にも一人よがりではなく、いろいろな視点で仕事ができていると思います。
またゼミの1分間スピーチで、伝える力や言葉の偉大さを身に染みて感じたので、インタビューする際にも相手が不快にならないようどのように質問したらいいか、言葉の選び方、わかりやすく伝える方法などを考える時にとても役に立っていると感じています。
またゼミの1分間スピーチで、伝える力や言葉の偉大さを身に染みて感じたので、インタビューする際にも相手が不快にならないようどのように質問したらいいか、言葉の選び方、わかりやすく伝える方法などを考える時にとても役に立っていると感じています。
松浦さんにとって「福祉」とは。
誰もが生きやすい場所を作ることです。私が学んだ人的資源管理論も、経営を通して従業員にどれだけ働きやすい環境、生きやすい環境を届けられるかという、福祉の視点を取り入れた経営学でした。
これからやっていきたいことを教えてください。

大雨による被災地の取材は、私のターニングポイント的なものになりました。復旧はまだ道半ばですし、困っている方々もたくさんいらっしゃると思うので、その現状を伝える継続取材をしていきます。また福祉大で学んできたからこそ福祉の分野ですとか、女性の視点からの子ども関連の取材、女性が生きやすい場所を作ることに役立つような取材が出来ればと思っています。
テレビも衰退業界ではありますが、特に災害報道ではいち早く正確な情報を伝えるという意味では、まだまだテレビは必要だと思うので、アンテナを高くして情報収集しながら頑張っていきます。
テレビも衰退業界ではありますが、特に災害報道ではいち早く正確な情報を伝えるという意味では、まだまだテレビは必要だと思うので、アンテナを高くして情報収集しながら頑張っていきます。
受験を検討している高校生にメッセージをお願いします。
大学の4年間は、高校の3年間よりとても短く感じました。あっという間に過ぎ去るので、本当にやりたいことがあるのなら、失敗を恐れず挑戦して欲しいと思います。社会人になってから、学生時代に経験しておいて良かったと感じることが増えており、授業もサークルも後々自分の糧になると実感しています。迷っていたら、とりあえずやってみようという精神で突き進めば、より良い学生生活になると思います。






