さまざまな医療現場での実習で
悩み、学んだことが現在の糧に
作業療法士になろうと思ったきっかけは。
妹が生まれつき障がいを持っており、小学4年生の時にリハビリを見学に行き、理学療法や作業療法をはじめて見ました。その時に「あ、これになりたい」と直感的に思ったのがきっかけでした。高校で進路を決める時に理学療法士と作業療法士のどちらにするか迷ったのですが、手先を使った作業やものづくりが好きだったので、作業療法士を選びました。
東北福祉大学を選んだ理由は。

当時の福島県には作業療法学を学べるのは専門学校しかなく、福祉大のほかは栃木県か茨城県にある大学でした。福祉大は実習が充実していて、国家試験の合格率がとても高いので決めました。仙台には親戚もいたので何かあれば頼れるし、仙台でひとり暮らしをしてみたいという気持ちもありました(笑)。
なるほど。憧れの仙台でのキャンパスライフですね(笑)。
授業はもちろん大変でしたが、リハビリテーション学科作業療法学専攻だけで言えば、「どうせ勉強するなら楽しいほうがいい」と、教授たちが授業以外の時間も盛り上げてくれました。4~5月には4学年合同の運動会をしたり、クラスでお花見などイベントを企画してくれて楽しかったですね。伝統的にそうみたいです。
授業はいかがでしたか?
最初のうちは、授業で陶芸や革細工などのものづくりをやりました。作業療法士は患者さんの機能の回復に加え、例えばトイレや着替えなどの日常生活動作の支援など、どうしたらその人が大事にしている活動や日常生活動作を続けることができるか、その人らしい生活を送るための支援をする職業です。だから解剖学や生理学などの授業のほかにもそういったものづくりや、作業療法のアプローチを考える授業などもありました。
特に印象に残っている授業はどれでしょうか。

印象に残っているのはやはり実習です。実際の医療現場で感じたことや、実習先の先生から教えていただいたことはとても勉強になりました。ここ仙台市立病院で急性期について勉強できましたし、老人保健施設、精神科や回復期リハビリの病院、重症心身障害児者や小児科など、さまざまな分野の実習に行き、学ぶことができました。
一番印象に残っている患者さんは、脳梗塞と失語症を既往歴に持ち、コミュニケーションが取りにくく、加えてやや頑固な面のある方でした。なかなかこちらの意図が伝わらず、作業療法をどう進めていいか悩み、実習先の先生や福祉大の先生にご相談して進めました。大変でしたがとてもいい経験になりました。
またボランティア活動で、難病で医療的ケアを必要とするお子さんとその保護者や兄弟姉妹と一緒に過ごすキャンプに参加しました。宿泊する施設でいろいろな催しや出し物を通して交流するキャンプで、私は脳性麻痺のお子さんを担当させていただき、全力でお母さんのサポートをしました。私たちがお子さんを見ている間、親御さんたちの交流会などで息抜きをして楽しんでいただきました。
一番印象に残っている患者さんは、脳梗塞と失語症を既往歴に持ち、コミュニケーションが取りにくく、加えてやや頑固な面のある方でした。なかなかこちらの意図が伝わらず、作業療法をどう進めていいか悩み、実習先の先生や福祉大の先生にご相談して進めました。大変でしたがとてもいい経験になりました。
またボランティア活動で、難病で医療的ケアを必要とするお子さんとその保護者や兄弟姉妹と一緒に過ごすキャンプに参加しました。宿泊する施設でいろいろな催しや出し物を通して交流するキャンプで、私は脳性麻痺のお子さんを担当させていただき、全力でお母さんのサポートをしました。私たちがお子さんを見ている間、親御さんたちの交流会などで息抜きをして楽しんでいただきました。
三次救急を担う総合病院での仕事が
知識と経験の幅を広げる。
仙台市立病院ではどんなお仕事をされているのでしょうか。
仙台市立病院は、仙台市の三次救急を担う急性期医療の総合病院なので、他の病院では受け入れが難しかった患者さんの超急性期のリハビリも多いです。脳神経内科・脳神経外科や整形外科の患者さんが一番多いと思いますが、総合病院なので処方が出ればどの科の患者さんにも対応し、リハビリの内容は多岐に渡ります。
この病院に転職された理由は?

やはり学生時代に実習でお世話になったことが一番大きな理由です。急性期のリハビリを扱うので確かに大変な現場ではありますが、体の機能だけでなく精神面へのアプローチ、退院後の生活を見据えて行うリハビリに携わりたいという思いがありました。
障害を負ったり、麻痺が残った患者さんのこれからの人生の可能性を少しでも広げられたら、と思います。急性期はまだまだ状態が安定しない方も多いですが、状態が落ち着き、今後の生活に目を向けられるようになり、「次はこういうことをやってみたい」といった希望を聞けた時はとても嬉しいです。この仕事をやっていて良かったと思う瞬間です。
障害を負ったり、麻痺が残った患者さんのこれからの人生の可能性を少しでも広げられたら、と思います。急性期はまだまだ状態が安定しない方も多いですが、状態が落ち着き、今後の生活に目を向けられるようになり、「次はこういうことをやってみたい」といった希望を聞けた時はとても嬉しいです。この仕事をやっていて良かったと思う瞬間です。
作業療法士として成長できる職場でもありますね。

最初に来た時は世界が違い過ぎて、カルテの医療用語を読むだけで精一杯でしたが、先輩に教えていただいたり、勉強や経験を重ね、学んでいます。さまざまな病気の方がいるので勉強になりますし、患者さんから教えていただくことが一番多いですね。
担当する患者さんの数がとても多く、いろいろな科に渡るため、さまざまな分野の知識を問われますが、その分作業療法士としての幅も広がったと思います。まだまだ勉強しなければならないことやできることがあるのは、自分のやる気に繋がっています。
担当する患者さんの数がとても多く、いろいろな科に渡るため、さまざまな分野の知識を問われますが、その分作業療法士としての幅も広がったと思います。まだまだ勉強しなければならないことやできることがあるのは、自分のやる気に繋がっています。
4年間同じメンバーで同じ夢に向かって
いける仲間は、とても尊い存在
福祉大で学んだことは、お仕事にどのように役立っていますか?
作業療法を選んだきっかけは、ものづくりなどが好きだからでしたが、大学で改めて作業療法士の仕事を学んで、患者さんが自分らしく生きることを支援できる素晴らしい仕事だと思いました。
学んでいく中で出会った言葉で「これでいいのだ」という言葉が私の好きな言葉でした。患者さんが障がいも老化と同じように自然現象だったり、自分自身の個性の一つとして捉え、自分らしさや自分の良さを認め、受容できることを大事にするポジティブな言葉です。
作業療法は、「魚が欲しい人に魚をあげるのではなく、魚の釣り方を教えること」だと喩えられますが、患者さんが自分らしい生活を送れるように支援することを大事にしていきたいと思います。
大学で学んだ作業療法の根本的な考え方や大事にしていることを忘れずに、情熱を持って今後もこの病院を盛り上げていきたいと思います。
学んでいく中で出会った言葉で「これでいいのだ」という言葉が私の好きな言葉でした。患者さんが障がいも老化と同じように自然現象だったり、自分自身の個性の一つとして捉え、自分らしさや自分の良さを認め、受容できることを大事にするポジティブな言葉です。
作業療法は、「魚が欲しい人に魚をあげるのではなく、魚の釣り方を教えること」だと喩えられますが、患者さんが自分らしい生活を送れるように支援することを大事にしていきたいと思います。
大学で学んだ作業療法の根本的な考え方や大事にしていることを忘れずに、情熱を持って今後もこの病院を盛り上げていきたいと思います。
佐藤さんにとって「福祉」とは。
患者さんと心を通わせて、その人らしさを引き出し、その人らしい人生を送れるよう関わっていくこと。自分も患者さんに助けられることもあるので、患者さんの心に寄り添った対応をすることかと思います。
これからの目標を教えてください。

リハビリの中で専門分野を持てたらいいなと思います。循環器疾患のリハビリ資格を取った先輩がいて、それに関するリハビリはその先輩が担当しています。いろいろな分野のリハビリを経験していく中で、特に興味を持った分野を勉強し、「この分野なら私!」と言える専門性を身に付けたいですね。
また、最近この病院では「手外科」という手や指のリハビリに力を入れています。ニーズが多いので、私も経験を積みたいと思います。
また、最近この病院では「手外科」という手や指のリハビリに力を入れています。ニーズが多いので、私も経験を積みたいと思います。
受験を検討している高校生にメッセージをお願いします。
リハビリテーション学科作業療法学専攻では国家試験の勉強なども、決められたグループで一緒に勉強します。専門的な分野なので勉強は大変ですが、4年間同じメンバーで同じ夢に向かっていける仲間は、とても尊い存在です。また私たちが卒業した後も、作業療法のトレンドに合わせて大学の設備やカリキュラムが変化しており、もう一度授業を受けたいと思うくらい魅力的な場所です。福祉大なら、とても思い出に残る4年間になると思います。






