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山本 若菜さん

落ち込んでも
周囲に支えられた1年。
いつか生徒の未来を
ともに描く教員に

加美町立小野田中学校教諭

山本 若菜さん​

教育学部 教育学科 中等教育専攻

  • 教育学科
  • 子どもの成長を応援する
  • 教員・講師

PROFILE

プロフィール

宮城県仙台市出身。泉館山高卒業後、2015年に新設された教育学部教育学科中等教育専攻に入学。在学時は浅川俊夫准教授のゼミで地理に関する学びを深める。宮城県公立学校教員採用試験に合格し2019年3月卒業、同4月から加美町立小野田中学校勤務。社会科教員として地理・歴史の教科指導に加え、特別支援学級の担任と吹奏楽部の顧問を務めている。(所属・肩書等は2020年2月取材時)

INTERVIEW

インタビュー

自分に苛立ち…
まだまだ力不足

入職1年目。教育現場に立って、丸1年になろうとしていますが、どんなことを感じていますか

マイナス思考になってしまうことが多いです。授業がうまくいかないとか、自分のできなさに苛立ってしまって。例えば同じ学習内容で、同じ授業を行ったとしてもクラスごとに生徒の反応が違ってくる。いいときと悪いときがある。生徒がポカーンとしていたり、「社会が苦手」と言われたりすると、あ〜っ、と思って落胆してしまう。反面、「分かった」と言われたときにはやりがいを感じます。生徒とコミュニケーションを取りながら授業ができたときは、とても嬉しいです。

あと、研究授業で大失敗したときがあって。事後検討会といって研究授業の振り返りを行うのですが、それを受けて、準備も見通しも甘かったと反省しました。

切り替えてます??

心が折れそうなときは、いつも職員室で先生方に助けられています。笑いが多い職場なんです。周りの先生の支えがなければ、1年間乗り切ることができなかったと思います。

吹奏楽部の顧問も務めている

高校の吹奏楽部が、演奏会に向けてみんなで衣装を用意したりとか、熱のある団体だったんです。そのときの記憶が鮮明に残っているので、みんなで作り上げる楽しさを分かってほしいな、と思っています。そこまでは至っていないので、まだまだ力不足です。

高校の吹奏楽部でのパートは?

トランペットを担当していました。吹奏楽に打ち込んだ3年間を過ごしました。部活のことと、友達と遊ぶことばかり考えていた高校生でした。

大学受験はどのように考えていましたか

本命は農学部でした。高校3年時に地理の授業で東南アジアでのエビの養殖について勉強したときに、一次産業に興味を持った。そういった食産業や一次産業を通して海外協力できる学部を持つ県外の大学を受けたのですが、落ちました(笑い)。

漠然と教員免許を取りたい、とも考えていて、取得できる大学を受けようと。そこで家族から福祉大に教育学部が新設されると聞きました。地理が好きだったので、社会科の教員免許が取得できるかなという軽い気持ちで受験しました。実家から通える距離でもあったので、進学することを決めました。中等教育専攻を受験したのは、募集人数(定員40人)が少ないから価値があるかも、と。それから、入学前は比較的小さい大学と思っていたのですが、多くの学生(通学生は約6000人)がいることに驚きました。中等教育専攻の1期生は女子が10人だけしかいませんでしたが(笑い)。

吹奏楽は続けなかった?

はい。アカペラサークルのMUSICOMに所属していましたが、周囲と比べると、そこまで熱心に活動している方ではありませんでした。ですが、サークルで他の学部の人と関われたことがすごく大きかった。例えば保健看護学科の人は教育実習よりも実習が大変そうだったし、就活の方向性も違うから、友達を通して他の業種を知ることもできた。視野が広がったし、自分も頑張らないと、と思うことができました。

サポートスタッフで気づいた
個に応じた指導の大切さ

本格的に教員をめざそう、と考え出したのはいつごろから?

3年生からです。生徒指導や教科指導を勉強し始めて、面白さを感じました。3、4年次に専門科目が増えて、その2年間でたくさんのことを学べました。学習指導要領に始まり、専門的な深い学びを授業で教わった。その学びは、今も活かせていると思います。福祉大の先生は、実際に学校の教員としてやってきた方が多いので、実体験をもとにした授業を行うことが多い。それで教員のイメージが浮かびやすくなった。教員になりたいな、と思った要素の1つです。

あとはボランティアで学生サポートスタッフ(※仙台市では市立学校のサポートスタッフを募集している)として児童・生徒と直接触れ合ったことで、教員という仕事へのやりがいを感じたことも大きいです。教員をめざすなら学校現場でしか学べないことがあるはず、自分の強みとなるものを見つけたいと思って。

小学校と中学校、それぞれ1校ずつ活動したのですが、中学校では特別支援学級に在籍する生徒のサポートをしました。コミュニケーションを取ることが難しく、教える側と教わる側がどうしたら理解しあえるか、を考えて実践しました。生徒たちが成長する姿を目の当たりにしたことで、個に応じた指導や個別の支援が大事だと分かりました。生徒との関わり方について多くのことを学びました。

採用試験の対策はどうしていましたか

外部の講座なども受講し、勉強しました。4年時に教育実習の翌々日、とある県の採用試験を受けたのですが、全くダメで。教育実習の準備や振り返りなどに時間を取られていたので、宮城県を受験するにあたっては、しっかりと勉強の時間を取りました。あの県の試験を受けていなかったら、そんな現実感も感じなかったので、落ちてしまっていたと思います。

大自然から深めた
授業づくりの学び

専門科目が増えた3年時から本格的に教員になる意志をもって、学内外でさまざまなことを吸収した、ということですね。ゼミ活動で思い出すことは

地理ゼミ(浅川ゼミの通称)は最高でした。朴木山キャンパスの大自然で勉強できて、貴重な体験となりました。土壌や植生を調べたり、ロープを引っ張って環境調査のポイントをつくったり。今は本格的にキャンパスが稼働して数年経っているので、結構整備されていると思いますが「あのキャンパスを開拓したんだ!」という良い経験になっています。フィールドワークを通して、社会科の授業づくりについて学びを深めることができました。

学生生活は充実していた、と

大学は「中身の濃い、良い夏休み」ですね。だらけてしまった時間もあるけど、自由研究も宿題も部活もアルバイトも、とすべてやりきった夏休み、みたいな。中でも、大学の授業やボランティア、教育実習などを通して、生徒の未来をともに描くことができる教員になりたいと思うようになりましたから。

今後はどんな教員をめざしていきたいですか?

周りからも生徒からも信頼される先生に、教科指導で評価される先生になりたいです。今はもう1回、地理・歴史を深く勉強する機会を持ちたいな、と感じています。

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私にとっての東北福祉大学とは

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かけがえのない時間です

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