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井上 拓也さん

仲間、先生の
サポートを追い風に、
幼い頃から憧れだった
小学校教員へ。

仙台市立七北田小学校教諭

井上 拓也さん​

子ども科学部 子ども教育学科 (現・教育学部 教育学科)

  • 子ども教育学科
  • 子どもの成長を応援する
  • 教員・講師

PROFILE

プロフィール

宮城県加美町生まれ。2015年、子ども科学部子ども教育学科(当時)を卒業。在学中は小石川秀一ゼミに在籍し、教科書をただマニュアルどおりに伝えるのではなく、子供たちの学習意欲をかきたてる伝え方とは何かを、日々探究する。教員採用試験には在学中に合格。卒業後、幼いころからの憧れだった教員として、仙台市立七北田小学校に赴任。教員2年目には5年生児童32名の学級担任を務めた。「やるときはやる」をモットーに子ども一人ひとりの個性を十分に活かし、最大限に力を発揮できるような温かい学級づくりに日々取り組む。(所属・肩書等は2017年4月掲載時)

POSITIVE
NEGATIVE
中学以前
高校
1年次
2年次
3年次
4年次
入職1年目

中学以前:小学校教員になりたいという夢を描く。

高校:部活動に明け暮れる日々。しかし、国立大学を志望するが受験に失敗...。

1年次:受験失敗の悔しさをバネに、大学で最大限学び、楽しみ、将来の夢である教員になるために精一杯頑張ることを決意。

2年次:大学の先生方から先輩・後輩まで、様々な人たちから刺激を受け、視野が広がる。

3年次:バレーサークルのリーダーに。サークルを通じて、人との関わり方など様々なことを学ぶ。

4年次:大学受験の悔しさをばねに教員試験に合格!

入職1年目:大学4年間の学びを小学校教員という仕事に活かすべく試行錯誤。

INTERVIEW

インタビュー

自信や励みを子どもたちの心に届けられる、
あこがれの教師像に一歩ずつ近づけるよう奮闘の日々です。

井上さんは、どうして教師の道を志されたのですか?

小学生の頃のある先生との出会いがきっかけです。当時はとても内気な性格だったのですが、ある日「拓也くんの考え方、おもしろいね」と先生が声をかけてくれて、うれしくてそこから徐々に人前でも話せるように変わっていったんですね。自分に自信をつけさせてくれた。勉強も運動も音楽もなんでもできるうえに、遊ぶときは思いっきり僕たちと遊ぶようなみんなが大好きな先生。そんな姿にあこがれて、「僕も先生になりたい!」と。中学、高校でもその気持ちはまったく変わりませんでした。

あこがれの先生に出会って、いまご自身が小学校の先生になられるなんて素敵ですね。

5年生の担任をしていて児童は32名。僕がそうだったように先生の一言で自信もつけば、逆に傷つくこともある。子供は一人ひとりに必ず良いところってありますから、長所や個性をのばせば「これだけは誰にも負けない」という人生を生きていく強い武器、軸になりますよね。そのことを日々強く意識していて、遊ぶときは遊ぶ、叱るときは叱る、ほめるときはほめる。適切なメリハリを心がけつつ、全員としっかり向きあいながら頑張っています。人生に影響をあたえる仕事で責任が重いですが、すごく充実した日々ですね。

どん底の気持ちから始まった大学生活が人生の転機に。
世の中の広さ、人間の面白さを教えてくれた4年間。

バレーボールに打ちこんだ高校時代を経て、東北福祉大学へ進学。入学されていかがでしたか?

大げさじゃなく人生が広がった場所でした。実は第一志望に不合格になって、入学前はとにかく落ち込んでいたんです。ただ、凹みつくしたら、根がポジティブなのでだんだん気分が上向いてきて「よし、この4年で最大限に学んでやろう。教員採用試験に一発合格だ!」と心機一転して入学式へ行きました。そうしたら入学が大正解。ものすごく勉強ができる人がいれば、個性の強い人がいたり、スポーツに没頭する人も。福祉大は多様というか、人がすごく魅力的で、高校時代に勉強と部活ひと筋、自分と似た価値観の人に囲まれていた僕は強烈な衝撃を受けましたね(笑)。

人との出会いからスタートした大学時代なんですね。入学後はいかがでしたか?

もうひとつ、子ども科学部の先生のもとで学べたのも、人生を変えた大事な出来事。小中高などで教員経験のある先生が多く、授業もとても丁寧で面白くて、聞いていてひき込まれる。教師をめざす僕にとっては、現場感覚を伴った教え方がものすごく勉強になりました。なかでも4年間ゼミで教えていただいた小石川先生は「教科書だけを教えるんじゃだめだ、子供に最も伝わる方法を考えなくてはならない」というふうに物事の本質を考える方でした。教科書を疑うなんて思いもよらなかった僕の視野をぐぐっと広げてくれた、まさに恩師です。

入学時、胸に決めたとおり教員採用試験も一度で合格されて。試験勉強は大変ではなかったですか?

大変でしたが、そこも先生と仲間に支えられました。授業でもたくさんの試験対策がありますし、授業以外に個人的に指導をお願いすると快く引き受けてくださり、とことんつきあってくれる先生ばかりで。こちらからお願いしなくても、僕が苦手なピアノ演習なんかは、先生のほうから試験前に「ちょっとやっとかない?」みたいに誘ってくれて。同じ目標をめざす仲間も強い支えでした。福祉と学校名にあるからか他人思いの人が多く、「みんなで合格しよう!」と励まし合う環境があったので、くじけなかったのだと思います。

卒業は終わりではなく、
新しい始まり。
悩んだ時、壁にぶつかった時に、
安心して戻れる場所です。

東北福祉大学の学びが、井上さんの今にどのように役立っているのでしょうか。

勉強も、サークル活動もとにかく一生懸命やりました。僕という人間の根幹を作ってくれたのは間違いなく福祉大で、もしこの大学でなければ、もっと頭の固い人間になっていたかも、と恐怖に似た思いがあるぐらいです(笑)。もともと人を嫌わず、人のいい所を学びたいと思っていましたが、ここでは学びたい人ばっかりだったので、どんどん人のことが好きになっていきました。人を言葉や表面で判断するのではなく、「この発言の本心は何だろう?」「勉強の本質とは何だろう?」と一歩踏み込んで人や物事を理解する。そういった教師として必要な資質も育ててもらったと思っています。

東北福祉大学はご自身にとってどのような存在なのでしょうか。後輩たちにおすすめのポイントも教えてください。

家族というかホーム、帰って安心できる場所です。卒業式の時に先生が言ってくださった「卒業してもいつでも学びにこい。福祉大は何度でも学びに来られる場所だ」という言葉は、今も僕の支えになっています。福祉大には、在学中はもちろん卒業後もとことんつきあってくれる先生がいます。自分の理想を実現できるまで、どこまでもいつまでも学び続けられる温かい環境があります。みなさんも充実した4年間を過ごしてください!

What TFU means to me

私にとっての東北福祉大学とは

人生の新しいページを
開いてくれた場所。
教師として、ひとりの人間として
自分の根っこをつくることができた
大学生活は人生の宝物です。

私にとっての東北福祉大学とは